第五十五章 打ち切り

第468話 バズっちゃった……


 大勢の野次馬から逃げるため、一旦はかた駅前通りへ戻ることにしたミハイル。

 何か考えがあったわけでもなく、俺の手を引っ張って、通りの奥へと入っていく。

 すると、見慣れたビルが目に入った。


 何度も訪れた場所……例のラブホテルだ。


「あ……」


 無意識のうちに、ここへたどり着いたようで。

 それに気がついたミハイルは、顔を真っ赤にしてしまう。


「こ、これは……そう言う意味じゃなくて」

 慌てる彼を見て、俺は笑って答える。

「分かってるさ。あんな所でキスしたんだし、混乱していたんだろ?」

「うん……」


 確かに、目の前にあるのはラブホテルだ。

 だが反対側には、馴染みのラーメン屋がある。


 もう空も真っ暗だし、腹も減った。

 野次馬たちが解散する時間稼ぎも欲しいところだ。


「ミハイル。ラーメンでも食って行かないか?」

「え? あ、そっか。うん☆ 食べたい!」


 

 古いガラスの引き戸を開いて、大将に声をかける。

「大将、久しぶり」

 

 カウンターの奥で、大将は麺を茹でていた。

「あら、琢人くん? ひとりかい?」

「いや……今日は二人なんだ。ほら、大将に挨拶して」

 そう促すと、ミハイルは恥ずかしそうに顔を出す。


「あの、初めまして。お、オレ。古賀 ミハイルって言います」

「え? アンナちゃんだろ? 髪切ったの?」

 ヤベッ。

 女装しているし、フルメイクだから、大将にはアンナに見えるようだ。


「大将……その悪い。今まで騙していたつもりはないんだが。実はアンナは……男なんだ!」

「は? 琢人くん、おいちゃんのこと、バカにしてるの? どう考えても可愛らしい女の子、アンナちゃんじゃないか?」

「いや、違うんだ……」


 仕方なく、俺はこの1年間に起きた出来事を、軽く説明する。

 ミハイルが女装した姿が、アンナであったことを。

 それを聞いた大将は、顎が外れるぐらい大きな口で、ミハイルを凝視していた。


「ほ、本当に……男の子だったの?」

「はい……ごめんなさい。騙していて、オレ。男なんです」


 しばらく、その場でフリーズしていた大将だったが、徐々に平常心を取り戻していく。


「つまり、琢人くんのカノジョはアンナちゃんだけど。その正体がミハイルくんってことだね?」

「ああ……そして、先ほど俺がプロポーズしたから、フィアンセだ」

 とミハイルの肩を掴んで、俺に近づける。

「もう、タクトってば。こんなところで、また……」

 

 どうやら俺は、ミハイルに告白したことで。

 堂々と自分の気持ちを、話せるようになったらしい。

 キスしたから、興奮しているのかも。


「そうか、あの琢人くんがついに結婚かぁ。いやぁ、おいちゃん。なんか泣けてきちゃったよ……」

「え? 引かないの? 男同士なのに」

「別にどっちでも良いじゃない。色んな愛の形があって」


 そう言うと、大将はなぜかボロボロと涙を流し、タオルで拭う。

 博多って本当に、そっち界隈が多いのかな?


  ※


「よぉし! 今日はおいちゃんのおごりだよっ!」

 と大将が手を叩く。

 なんだか、毎回大将に奢ってもらっているような。


「え、良いんですか? オレ、男なのに……」

 とカウンター席で縮こまるミハイル。

「関係ないよ! 琢人くんのために今まで、色々と頑張ってくれたのは事実だろ? ならアンナちゃんもミハイルくんも同じじゃないか!」

「あ、ありがとうございます☆」


 結局、大将の粋な計らいで、店のメニューを何でも食い放題にさせてもらった。

 俺もミハイルも、ラーメンを何度もおかわりしたり。

 餃子やチャーハンも、大盛りで食べさせてもらった。


「しかし、あれだねぇ~ 琢人くんもこれから大変じゃない?」

 新たな餃子を焼きながら、俺に問いかける。

「え、何がですか?」

「だって、結婚するんだろ? それなりのお金、職業に就かないとさ」

「あ……」


 今までずっと忘れていた。

 計画のことばかりで、その後を考えていなかったのだ。


 大将の言う通り、結婚するには生活を持続するため、ある程度の年収が必要だ。

 しかし、俺はまだ未成年の高校生。

 プロの作家とは言え、不安定な職業。

 もう一つの仕事は……。


「おじちゃん、大丈夫だよ☆ タクトはプロの人気作家だし。それに新聞配達も頑張ってるから☆」

 とミハイルが自分のように自慢する。

「あ、そうだったね……でも、あれだろ? 作家ってのも不安定な仕事だろ。お金、大丈夫なの? 琢人くん」

 話を振られて、脇汗が滲み出るのを感じた。


「えっと……実は今、俺専業作家なんだ」

 都合の良いように答えただけだ。

 本当は違う。

「てことは、小説1本で食えるようになったの? はい、餃子大盛りね」

 カウンターに餃子の皿を載せられて、なんだか胃が痛くなってきた。


「え? タクト、新聞配達はどうしたの?」

「その……実はクビになったんだよね」

「ウソぉ!? あんなに長いこと働いてたのにぃ!?」

「うん、そうなんだ……」


 ~それから数日後~


 俺は新しいバイト先を探すため、自室のパソコンで求人サイトを片っ端から検索していた。

 しかし、どれも高校生不可。

 なるべく、早く安定した仕事に就きたい。

 できれば高額の仕事が良いが。


「参ったな……」


 小学生の時から、お世話になっていた『毎々まいまい新聞』真島店だが。

 俺は突如、クビになってしまった。

 クビというより、店長からお願いレベルで「しばらく休んで欲しい」と頼まれた。

 

 理由としては、俺が交通事故を起こしたから。

 あの時、店長はすごく責任を感じたらしく、俺の家族や宗像先生に何度も謝ってくれたらしい。

 自分が止めなかったから、琢人くんをあんな目に合わせた。

 そして、もし俺があの時死んでいたら……。


 宗像先生も相談を受けて、心身共に不安定だから、働かせるのはやめたほうがいいと助言したとか。


 まあ、確かに先生や店長の判断は、間違っていないだろう。

 店長は泣きながら「またいつでもおいでね」と言ってくれたが。

 しかし、第二の父とも言える店長に、これ以上の迷惑はかけられない。


 大丈夫だ。今の俺なら、どんな状況でも乗り越えられるさ。

 ミハイルが隣りにいてくれるからな。


 と求人サイトをチェックしていると、スマホが鳴り始めた。

 着信名は……ロリババア。


「もしもし?」

 

『こんの……アホぉぉぉぉぉ!』


 電話を出た瞬間、キンキン声で鼓膜が破れるかと思った。


「いきなり、なんだ? 白金……」

『何がじゃないでしょ!? DOセンセイのせいで、編集部は大混乱ですよっ!』

「は? なんのことだ?」

『しらばっくれるつもりですか! あれだけ、アンナちゃんの正体は隠し通せと言ったのに。男だということを、あんな大勢の前で叫んで……“気にヤン”の読者や親御さんからクレームの嵐なんですっ!』

 

 ちょっと言っている意味が分からない。

 

「どういうことだ?」

『知らないんですか、あのお祭り騒ぎをっ!?』

「すまん……ちゃんと教えてくれ」

『じゃあ、今から送るURLにアクセスしてみてください』


 するとパソコンへ一通のメールが送られてきた。

 某動画共有サイトのアドレスみたいだ。

 クリックすると……。


 いきなりサムネイルがモニターに映し出される。

 それを見て驚きのあまり、俺は唾を吹き出してしまう。


「ブフッーーー!」


 何故かと言えば、その被写体に問題がある。

 画面いっぱいに映し出された男の顔。汗だくで何かを叫んでいるようだ。

 動画を再生してみると。


『おい! 誰だっ! 今、ホモだと言ったやつは!? 仮に俺がホモだとして、何が悪いっ! 人がを人好きになることが悪いことなのか!?』


 あ、これ……俺だわ。

 クソ。あの時、動画を撮影して奴らか。

 勝手に、人の告白を笑いものにしやがって。


 とりあえず、事態を把握した俺は、白金との通話に戻る。


「これのことか……確かに告白した。すまん」

『別に告白は悪くないですよ! でも場所を考えてくださいっ! 色んな動画サイトに転載されて。バズりまくっているんですよ!』

「マジ?」

『大マジですよっ! ショート動画にも転載されて、DOセンセイのことも特定されていますっ!』

「……」

 結婚までのハードルは高そうだ。

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