第452話 食欲=性欲(♂)


「でもな、新宮。冗談じゃないが……シンデレラってのはさ。午前零時で魔法がとけちまう、お姫様だよな?」

「はぁ……」

「結局のところ、お前が作り上げた幻想だろ? 古賀 アンナっていう女は」

「そ、それは……」


 言葉につまる俺に対し、宗像先生はそっと肩に触れる。


「私は心配なんだ。急に痩せちまう新宮と、自分を女だと言い張る古賀がな」

 先生の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「宗像先生……」

「お前がかけた魔法だろ? なら王子様の新宮が、古賀を解き放ってやれ」

「解き放つって……どうやってするんですか?」

「そんなものは簡単だ! スカートをめくって男だということを、クラスのみんなに教えてやれ。そして、そのままお前が襲えばいいだろ♪」

「……」


 できるわけないだろ、そんなこと。

 聞いた俺が、バカだった。


  ※


 とりあえず宗像先生から事情を聞いて、ホッとしたいうか。

 ミハイルの考えを、理解できた気がする。

 要は、女であるアンナだけを見て欲しいってことだろう。


 事務所を出て、廊下を歩いていると。

 二年生の教室が何やら騒がしい。

 窓から中を覗くと、たくさんの男子生徒がアンナを囲んでいる。

 みんな別人だと思い込んでいるようだ。


「アンナちゃん。この前はマジでサンキューな! おかげでほのかちゃんとイブを過ごせたよ。でも一ツ橋高校へ来るなんて、奇遇だね」

 と話しかけるのは、スキンヘッドの千鳥 力だ。

 幼なじみだと気がついてない。

「ううん☆ ほのかちゃんと仲良くなれて、アンナも嬉しいよ。取材の効果が出たみたいだね☆」

「おお! 取材もバリバリやってるぜ! この前なんか、ネコ好きおじさんと出会いのバーに行ってきてさ……」


 ちょっと、リキ先輩たら。どんどん界隈の深いところまで、取材しているじゃない。

 とりあえず放っておこう。


 教室の扉を開こうとした瞬間。

 ガラっと中から、開けられてしまう。

 目の前に立つのは、ギャルのここあ。

 腕を組んで、俺を睨んでいる。


「あんさぁ……ちょっと、廊下で話そうよ」

「お、おう」


 きっとアンナのことだろう。

 とりあえず、教室に入るのは諦めて、彼女の話を聞くことに。


「ねぇ、どうして。ミーシャじゃなくて、女装したアンナが学校へ来たの?」

「いや……この前も話したが、俺が抱きしめたり……色々とあって。女装した姿を見てほしいみたいだ。ミハイルは」

「は? 言っている意味が分かんないんだけど?」

「まあ、そうだろな……」


 俺は宗像先生が話してくれた内容を、ここあにも説明した。

 すると、ここあは難しい顔で考えこむ。


「え? マジで頭が混乱するんだけど……女役だから、カワイイ自分を見てってこと?」

「そんなところだ」

「ふぅ~ん。でもさ、それって元はと言えば、オタッキーのせいじゃん!」

 と俺の胸に人差し指を突き刺す。

「うっ……」

 何も言い返せない。


「オタッキーさ。わがままだよ! ミーシャも欲しがって、女役まで欲しいなんて! ミーシャがかわいそう!」

 気がつくと、ここあの瞳は涙でいっぱいだった。

 一日に二人も女を泣かすなんて……最低だ。


「わ、悪い……」

 とここあをなだめようとした瞬間。

 廊下の奥から、誰かがこちらへ近づいてきた。


「え? ケンカ?」


 眼鏡女子の北神 ほのかだ。

 えらく怯えた顔をしている。


「あ、ほのか。違うぞ! こ、これは……」

 上手く言い訳できない俺を見かねて、ここあが代弁してくれた。

「違うんよ。ほのかちゃん……オタッキーにミーシャの相談をしてたの。急に引っ越したていうじゃん? だから寂しくてさ」

 アホなここあにしては、ナイスなフォローだ。

 これで女装の話やアンナの正体を隠せる。


「ミーシャって……ミハイルくんのことでしょ? 引っ越してなんか、してないでしょ」


 これには、俺とここあも驚きを隠せない。


「「え?」」


「今も教室の中で、リキくんと仲良く話しているじゃん。なんかアンナとかいう、謎の設定で先生に紹介された時は、ビックリしたけど……」

 まさか……バレているの?


「な、なにを言っているんだ、ほのか。あの子はミハイルのいとこだぞ。紛れもない女の子だ」

 ここあも俺の話に合わせる。

「そうそう! 双子ってぐらい似ているけど、全然違うって!」


 俺たちの話を聞いて、ほのかは真顔で答える。


「いや、どう考えてもミハイルくんでしょ? 女装しているけど……」


「「……」」


 よりにもよって、腐女子のほのかにバレてしまった。

 担当編集の白金にこれ以上、関係者を増やすなと言われていたのに……。


  ※

 

 もうバレてしまったことは、仕方ないので。

 ほのかにも、ミハイルが女装をする理由を簡単に説明した。

 そのうえで協力してほしいと、ここあと頭を下げる。


「そっかぁ。なるほどねぇ……そんな趣味があったんだぁ~ うーん、琢人くんって受けだと思ってたのに、バリバリ攻めだったとは」

 そう言うと、眼鏡を怪しく光らせる。

「あ、あの……ほのか? なんか勘違いしていないか?」

「私のことなら大丈夫よっ! ミハイルくんの女装も黙っておくわ。二人で好きにヤッちゃっていいわ! 校内でも無理やりするんでしょ!?」

「……」


 やっぱり言わなければ、良かった。

 腐女子のネタにされちゃう。


「いやぁ~ 琢人くんが弱みを握って、女装させる鬼畜プレイが好きとか……盲点だったわ! 忘れないうちにペンタブで漫画にしよっと♪」

 もう勝手にしてくれ……。


 とりあえず、三人の中で話はついたので。

 教室へ戻ることに。


 相変わらず、たくさんの男子生徒がアンナを囲んでいた。

 女装した途端、ミハイルを見る目が違う。

 なんというか……いやらしい目つきに感じる。


 俺は強い憤りを感じていた。


「あ、タッくん~☆ 戻ってきたんだ☆」

 アンナの声がなかったら、こいつらをぶっ飛ばしているところだ。

「ああ……待たせたな」

 自分の席に座り、次の授業。数学の準備をしようとした瞬間。

 思い出す。なにも教科書を持って来ていないことに。


「タッくん、どうしたの?」

「その……今日の教科書を、全部忘れて……」

「なら、アンナと一緒に読もうよ☆」


 そう言うと彼女は、机をピッタリとくっつけて、教科書を広げる。


「これで一日、一緒にいられるね☆」

「あ、ああ……」


 無意識にやっていると思うが、肘と肘がくっつく距離感。

 間接的とはいえ、久しぶりにアンナの肌に触れられて、嬉しかった。

 その証拠に……最近、無反応だった股間が、ギンギンに盛り上がってしまう。


 これで一日を過ごすのか……本当に持つかな?

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