第451話 女の子になっちゃうよぉ~!


 アンナが自己紹介を終えると、生徒たちがざわめき始める。

 無理もない。

 男のミハイルが、急に遠くへ引っ越し……。

 女として、別人のアンナが編入してきたのだから。


 その場で立ち尽くす俺に、アンナが手を振る。


「タッくん~☆」


 これには、周りの生徒たちも驚きを隠せない。

 だって俺たち二人は、仮にとはいえ、彼氏彼女の関係みたいなものだから。

 何も言わなくても、友達以上の関係に見えるだろう……。


 そこへ宗像先生が「静かにせんかっ!」と一喝し、場をなだめる。

 生徒たちが静かになったところで、アンナに「新宮の隣りに座れ」と促す。


 コツコツと音を立てて、優雅に歩いて見せるアンナ。

 よく見れば足もとは上靴ではなく、ヒールが高いローファーだ。

 大きなリボンがついた可愛らしいデザイン。

 完全に、デートモード。


 嬉しそうに、俺の隣の席へ座るアンナ。


「タッくん。今日からよろしくね☆」

「あ、ああ……」


 この時、心の中で2つの強い気持ちがぶつかり合っていた。

 それは安心感と寂しさ。


 目の前に元となるミハイルがいるのに、女として振舞うアンナ。

 せっかく俺のために、学校へ編入してくれた彼女には悪いが……。


「そこは、ミハイルの場所だ」と思ってしまった……。


  ※


 ホームルームが終わると、宗像先生が俺を呼びつける。


「新宮! ちょっと話がある。一人で事務所へ来いっ!」

「は、はい……」


 話し方からして、きっとお説教だろう。

 次の授業まであまり時間がないのだが、とりあえず、事務所へ向かう。

 って、教科書を一冊も持って来なかった奴が、何を言ってんだか……。


 事務所へ入ると、宗像先生が不味そうなコーヒーを用意して、俺を待っていた。

 またアレを飲まされるのか。


「なにを突っ立っておるか? 早くソファーに座れ」

「はい」


 俺は二人掛けのソファーへ腰を下ろし、反対側のソファーにガニ股で座る宗像先生。

 こういう時の先生は、絶対に怒っている。

 興奮のあまり、太ももを閉じないから、今日も紫のレースが丸見え。

 しんどい。


「……新宮。一体どうしてこうなったんだ? 私は古賀を呼び戻せ、と言ったはずだが。なぜ女装したブリブリのアンナが編入したんだ?」

「えっと、それは俺にもわかりません……ずっと連絡が取れなくて……」

 そう答えると、宗像先生は深いため息をつく。

「はぁ……どうせ、お前たちの歪んだ愛情表現のせいだろ?」

「え、どういうことですか?」

「数日前のことだ。急に古賀から私に電話がかかってきてな。遠くへ引っ越すから、代わりにいとこを編入させてくれと言われたんだ」

「ミハイルがですかっ!?」

「当たり前だ……。でもその本人は引っ越していないよな? 現に今も女装してクラスにいるのだから」

「うっ……」


 何も言い返せなかった。


「去年の運動会を覚えているか?」

「あ、はい……ミハイルがMVPを獲ったんですよね」

「うむ。その時に私が何でも願いを叶えてあげると、約束したろ? あれを使ったんだ古賀は」

「?」

 俺が黙って首を傾げていると、宗像先生が代わりに答えてくれた。


「わからんか? ヒソヒソ声だったからな。古賀はあの時『オレのいとこをいつか編入させてください』と私に頼んだのだ」

「なっ!?」

「私もその時は、女装する趣味とか知らなかったから、了承したが。まさかこんな形で利用されるとはな……」

「じゃあ……アンナは女の子として、編入したんですか?」

「ま、そういうことだな」

 と肩をすくめて見せる先生。


 ていうか、あんたが願いを断れば良かったじゃん……。


  ※


 アンナが編入してきたことは、全く予想できなかった。

 まだ頭の中は混乱している。

 しかし、少しずつ。彼……ミハイルが望んでいることが見えてきた気がする。


 俺と絶交する際、ミハイルは男の自分を選んだことに傷つき、怒っていた。

 女のアンナではなく、素の彼を抱きしめ、キッスまでしようとした俺に。


 つまり逆ならば、ミハイルは傷つかなったのかもしれない。

 女装した状態……完璧な女の子。アンナならば。



「先生……ミハイルを、いやアンナを女子として、編入させたんですよね?」

「そりゃそうだろ? だってお前らが作った設定だし……それに古賀を取り戻すには、嘘を突き通さないとなぁ」

「でも、中身はあくまでも、男のミハイルですよ? トイレとか、更衣室とか一体どうする気ですか?」

「うむ……私もそれは悩んだが、大丈夫だろう。便所は3階の職員用を使えば良い。スクリーングは日曜日だから、他の女性教員は使用しない。私ぐらいだ。逆にどんな下着をつけているのか、覗いてやろうと思っている」

 

 ふざけろ。見ていいのは、俺だけだ。


「そ、そんな……無理があるでしょ?」

「無理なもんか。私はお前ら生徒たちが、一番だと言っているだろ! 更衣室も時間をずらして使わせたら良い。その辺はちゃんと配慮してやるから大丈夫だ。それよりも……いつまで持つか? って話じゃないのか?」

 宗像先生はそう言うと、鋭い目つきで俺の顔を睨みつける。

 

「え?」

「あのな。私はお前ら二人とも、心配なんだよ……。女装して恋愛ごっこをするのも結構だ。しかし、新宮。そのやせ細った身体はなんだ?」

 薄くなった胸板を、人差し指で小突かれてしまう。

「こ、これは……最近、食欲がなくて。でも、さっきアンナが作ってくれたサンドイッチを食べられましたよっ!」

 それを聞いた先生は、鼻で笑う。

「フンッ。アンナね……どっちでも良いが、この前古賀に振られたのが原因だろ?」

「はい……」

「新宮、お前。あれから何キロ瘦せた?」

「えっと……3キロぐらいですかね、ははは」

 笑ってごまかそうとしたら、更に宗像先生を怒らせてしまう。


「なめるな! 10キロ近く痩せたんだろ!? 何年教師をやっていると思うんだ! 見ればわかるっ!」

「すみません……その通りです。今52キロぐらいです……」

「ほれみろ。言わんこっちゃない! ちなみに身長はどれぐらいある?」

「え、170センチですけど?」


 俺がそう答えると、宗像先生は自身のスマホを取り出し、何かを検索し始めた。


「おい……お前は、シンデレラになりたいのか?」

「え? なんのことですか?」

「身長が170センチで、体重が52キロだと“シンデレラ体重”になるんだよっ! 女の私より細くなりやがって!」

「はぁ……」


 なんだ、ただの嫉妬か。

 しかし……ミハイルがいなくなっただけで、俺はここまで落ちてしまうのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る