第五十二章 怒涛の2年生編

第450話 ヒロインの交代


「タッくん、久しぶりだね☆」

「……アンナ。どうして?」


 俺の隣りに立つ金髪のハーフ美少女は、間違いなく本物だ。

 幻影などではない。

 その証拠に、2つのエメラルドグリーンを輝かせている。

 しかし、なぜ?


「あのね、ミーシャちゃんが教えてくれたの☆」

「ミハイルが?」


 目の前に本人がいると言うのに、驚いてみせる。

 だって俺は、アイツに絶交されたから……。

 もう二度と会ってくれない。そう思っていた。


「うん☆ なんかSNSを見ていて、タッくんがどんどん痩せているから。心配なんだって」

「そ、そうか……ミハイルが、俺を心配してくれたのか……」


 安心したところで、どっと気が抜ける。

 その場で、地面に倒れ込んでしまった。

 するとアンナが慌てて、俺のそばに駆け寄る。


「タッくん!? 大丈夫? やっぱり食べてないから、元気がないんだよ……アンナが作ってきたから、あそこで食べよ」

「え?」


 アンナに手を引かれて向かった先は、一ツ橋高校の校舎。

 玄関の近くに、ベンチが1つだけある。

 ベンチの下には、錆びたペンキ缶が置いてあった。


 ここは、宗像先生がスクリーングの時だけに、設ける喫煙所だ。

 ヤンキーだけが、利用する場所なのだが……。

 今朝は誰も使っていない。

 きっと、朝が弱い……というか、やる気がないからだろう。


「さ、タッくん。ここに座って。また倒れちゃうよ?」

「ああ……でも、俺は学校へ来たんだ」

 そう断ろうとしたが、アンナの馬鹿力で強制的に座らせられる。

「ダメだよっ! 今のタッくんは、栄養不足で危ないんだから!」

「わ、悪い」



 とりあえず、ベンチの隣りにリュックサックを置いて。

 彼女に言われるがまま、黙ってベンチで休憩することに。

 

 アンナは持参してきた、かごバッグの中をごそごそと探している。

 そこで、俺はようやく気がついた。

 髪が長いことに。

 この前ミハイルに会った時は、ショートカットへばっさりと短くしていたのに。

 

 彼女の横顔をまじまじと眺めていると、アンナが視線に気がつく。


「どうしたの? 何かアンナの顔についている?」

「いや……髪型が変わってないなって」

「なに言っているの? アンナは最近、美容室とか行ってないよ?」

「そ、そうか……じゃあ、気のせいだな」


 ひょっとして、ヅラか?


  ※


「さ、タッくん。朝ごはんを作ってきたからねぇ☆」

 そう言って、弁当箱の蓋を開けるアンナ。

 中には、色とりどりの具材が挟まれたサンドイッチが、ギッシリと詰まっていた。

 おしゃれなワックスペーパーで、1つずつ包まれている。


 最初に渡されたのは、卵サンド。

 手に持つと、まだ冷たい。

 彼女が持ってきた弁当箱をよく見ると、保冷剤が目に入った。

 傷まないように……アンナの優しさを感じる。


「いただきます……」


 恐る恐る、ひと口かじってみる。

 正直、怖かった。

 なにも受けつけない毎日だったから、アンナの食事でも吐き出してしまうのでは?

 という恐れがあった。


「……っくん。うまい」


 それを隣りで聞いたアンナは、パーッと顔を明るくさせる。


「良かったぁ~! まだまだおかわりがあるから、食べてね!」

「ああ、ありがとう。アンナ、これなら食べられそうだ……」

「うん☆ 魔法瓶に温かいトマトスープを入れているから、それも出すね☆ 身体がぽかぽかするよ☆」


 そう言って、コップにスープを注ぐアンナ。

 彼女が言う通り、まだ温かいようだ。湯気が立っている。

 ふと、アンナの横顔を見つめると、緑の瞳に涙を浮かべていた。


 サンドイッチを頬張りながら、呟く。


「アンナ……」

「タッくん。もっともっといっぱい食べてね☆ これからちゃんと食べられるまで、アンナが作ってあげるから!」

「すまん」


 ん? 食べられるまで?

 どういうことだ?


  ※


 まだ弁当を食べている際中だが、そろそろ生徒たちが校舎に集まってきた。

 普段はヤンキーが、タバコを吸っている喫煙所なので。

 悪目立ちしていた。


 すれ違う生徒たちの視線が、気になったのか。

 アンナは慌てて、ベンチから立ち上がる。


「ご、ごめん。タッくん! アンナ、やることがあったの! ちょっと2階の事務所に行かなきゃ……」

「へ?」

「タッくんはまだ食べていてね☆ 食べられるなら全部食べるんだよ!」

「お、おう……」


 卵サンドを食べ終え、今度はレタスサンドを味わっている。

 非常に美味い。

 レストランに出していいレベルだ。


「じゃあ、またあとでね☆」

 そう言うとアンナは、一ツ橋高校の玄関へと走り去る。


「……」


 一人取り残された俺は、温かいトマトスープをすする。


「っはぁ~」


 青空の下で愛妻弁当を、食べられるとか。

 幸せだなぁ……って、何を気取っているんだ俺。

 部外者であるアンナが、なぜこの一ツ橋高校に来たんだ?

 しかも、2階の事務所へ向かった。

 わ、分からん……。



 彼女に言われたからではないが、とりあえずアンナの作った弁当は残さず、キレイに全部食べた。

 空になった弁当箱を持って、俺も校舎の中に入り、2階へと上がる。


 今日から俺は、2年生になったので。

 教室も隣りのクラスへと移動することになった。

 ちなみに教室棟の2階は、3クラスしかない。

 だから、真ん中のクラスへ移ったってことだ。


 教室のドアを開くと、既にホームルームが始まっていた。

 遅れて入ってきた俺を見て、宗像先生がギロっと睨む。


「新宮! 進級したばかりなのに、遅刻か!? たるんでいるぞ!」

 えらく機嫌が悪そうだ。

「す、すみません……食事を取っていたので」

「な~にが食事だっ! 終業式をサボりやがって! 去年の単位を全部はく奪しちまうぞっ! 早く席に着け!」

「はい……」


 ていうか、俺。

 本当は今日、退学届を出しに来たんだけどな。

 いつもの癖で、教室に入ってしまった。


 前のクラスと同じ位置にある、席へ着くと。

 後ろから、肩を突かれる。


「ねぇねぇ……」


 振り返ると、赤髪のギャル。花鶴 ここあが座っていた。

 専属絵師のトマトさんは、なぜか床で正座している。

 ここあに怒られているのかと思ったが、「ブヒブヒ」言いながら、彼女の太ももを拝んでいるので。仲は良いのだろう……。


「どうした? ここあ」

「オタッキーさ。その後どう? ミーシャは戻ってきそう?」

「それなんだが……」


 言いかけた瞬間、宗像先生が怒鳴り声を上げる。


「こらぁっ! 新宮と花鶴、私語は慎め! 額にナイフを投げちまうぞ、バカ野郎!」

「す、すみません……」


 だから、いつまでそのネタを引きずっているんだよ……。


「ええ……話が逸れた。ごほんっ! 古賀 ミハイルについてだが、事情があって遠くへ引っ越すことになった」

 宗像先生の話を聞いた俺は、驚きのあまり席を立つ。

「そ、そんな……ウソでしょ? 先生っ!?」

 立ち上がった俺を注意せず、宗像先生は黙って首を横に振る。

 ただ、人差し指を唇に当てていた。

 黙って見ていろってことか。

 

「古賀は休学となるが、いとこの女子が編入してくることになった。お前たちと同じ2年生だ。仲良くしてやれ」

「まさか……」

「おいっ! そろそろ良いぞ。教室に入って来い!」


 先生が手招きすると、教室の扉がガラっと音を立てる。

 現れたのは、先ほど俺に愛妻弁当を作ってきてくれた美少女だ。

 

「初めまして。古賀 アンナです☆ 皆さん、今日からよろしくお願いします☆」

 礼儀良く、おじぎをする金髪のハーフ美少女。


「な、なんで……?」

 ミハイルじゃなくて、アンナが戻ってきたのかよ。

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