第434話 完璧な再現
マリアによる記憶の改ざん。
それは俺が体験した過去を、自らの手で変える。
いや、消してしまいたい……という彼女の願望だ。
しかし俺という人間は、起きた出来事を、忘れることが出来ない。
衝撃が強ければ、強いほど永遠に記憶から消すことは、不可能。
昨年、このラブホテルでアンナと楽しんだコスプレパーティー。
最高だった……。
今でも、あの時に撮影した写真や動画は、パソコンで楽しんでいる。
あれを越える映像は、なかなかお目にかかることはない……。
『だって、どうせそのメイドさんもかなりのミニだからパンツ見えちゃいそうだし……水着なら見えても平気だから……』
ベッドに腰を下ろし、膝を組むマリア。
片手には、ついこの前発売した俺の作品。“気にヤン”の2巻を持ち。
当時のセリフを音読し、再現しようとしている。
『ならば、依頼しよう。俺は見たい』
『じゃ、じゃあちょっと待ってて……』
俺とアンナの会話を読み上げたところで、マリアの整った顔がグシャっと歪む。
「バッカじゃない! これ、性行為をしていないだけで、ほぼ大人の関係よ! あなたたち、付き合ってもないのに……こんな卑猥な行為をしてたいの!?」
怒りの矛先は、俺に向けられてしまう。
「ま、まあ……この時はその。あれだ。初めての体験で、どうにかしていた……というか」
「じゃあ、なんで。タクトはのりのりでコスプレを撮影しまくったのよ!? 事実なんでしょ?」
「うん……」
確かに、彼女の言う通りだ。
起きた出来事を、ほぼ忠実に小説として発表しているから、嘘偽りはない。
「じゃあ、私もアンナみたいなコスプレをしたら、タクトはドキドキして……。興奮するってわけね!?」
「え?」
「ブリブリ女に興奮できたのだから、婚約者の私がメイドさんになれば、タクトは興奮のあまり、襲い掛かるわ!」
「はぁ……」
俺ってそんなイメージを持たれているの?
マリアも何気に酷いな。
※
怒りのあまり、我を忘れるマリア。
しかし、ここは彼女の言う通りにしないと、満足してくれないだろう。
とりあえず、以前に利用したコスプレを、フロントに電話して、部屋に持ってくるように頼んだ。
だが、アンナという存在は、レベルが違う。
あくまでも、架空の人物であり、俺が理想とする女子……。
それをミハイルが、完璧に演じている。
普段から、恥ずかしがる彼が、女装することで。
積極的な性格になり、俺の望むまま、カノジョとして振る舞う。
だからこそ、過激なコスプレも着られたのだと思う。
俺はそれを知っているから、不安に感じ。
マリアに「無理はしないでくれ」と伝えたが、興奮している彼女には、火に油を注ぐようなものだ。
「大丈夫よ! モデルをやっている私が、着られない服なんてないわ!」
~10分後~
チャイムが鳴り、ドアを開けると、ハンガーを2つ持った陰気なおばさんが立っていた。
「どうぞ……」
ボソッと呟くと、足早に去っていく。
ハンガーを受け取った俺は、部屋に戻り、マリアに手渡す。
「これが、アンナが着たコスプレだ」
ハンガーは2つとも、薄い布で覆われていた。中を確認できない。
しかし、俺は昨年見ているから、中身を知っている。
「ふ~ん。これがね、ちょっと中を見て良いかしら?」
「ああ……」
マリアは、ハンガーをベッドの上に2つ並べてみる。
しかし、布を取った瞬間。顔の色が真っ青になってしまう。
「な、なによ。これ……」
「メイドさんと、スクール水着の90年度版だ」
と俺が説明してみる。
それを聞いたマリアの肩は、小刻みに震えていた。
「これをアンナが着たの……?」
「ああ。間違いない」
「クッソ、ビッチじゃない!」
「……」
だってそういうホテルだもの。
大人の関係になるところだから、興奮を高めるグッズだし。
プライドの高いマリアだ。
確かに彼女の言いたいことも分かる。
メイド服はサテン製で、ピンクのフリフリ。
かなりのミニ丈だから……履いたら、パンツが見えてしまうだろう。
それもあって、アンナはスクール水着を、中に着ていたのだ。
「こ、こんな……ミニだと。外を歩けないじゃない!?」
「いや、室内で着るものだから」
俺の的確なツッコミに怯むマリア。
「じゃあ、どうしたらいいのよ? 結婚前なのに、タクトへ全てを捧げたらいいの?」
誰もそんなことは、言ってないのだがな……。
マリアも、想像力が豊かだ。
咳払いをした後、アンナがやったことを説明する。
「あくまでも経験談だが……中にスクール水着を着れば、見えても安心。らしいぞ」
「そ、それをあのブリブリ女が言ったのね……いいわ! 上等よ! 私だって着こなしてみせるわ!」
そう言うと、マリアは2つのハンガーを持って、奥の更衣室へ向かった。
マジであれを再現するのか……。
~20分後~
「ま、待たせて……ごめんなさい」
更衣室の扉が、スッと開く。
そこには、昨年出会った可愛らしいメイドさんが立っていた。
アンナと瓜二つ。
頭には、プリム。
胸元がザックリと開いたミニ丈メイド服。
太ももを覆うオーバーニーソックス。
完璧な再現。
唯一、違うところは瞳の色。
エメラルドグリーンではなく、ブルーサファイア。
「ど、ど、どう……?」
「ああ。似合っているよ」
顔を真っ赤にさせて、俯いている。
視線をこちらに合わせることが、できないようだ。
よっぽど、恥ずかしいのだろう。
「そ、それで……このあと、どうするの?」
「えっと、俺がスマホで撮影するから、ポーズをとってほしい」
「どういうポーズ?」
俺が身振り手振りで、アンナがやったポーズを説明する。
お辞儀をして。
『おかえりなさいませ、旦那様』
ネコのポーズをして。
『にゃ~ん☆』
「ま、こんな感じだな」
「……」
俯いたまま、小さな肩を小刻みに震わせるマリア。
「じゃあ、撮影するか。とりあえず、メイドさんから……」
と言いかけたところで、マリアが頭につけていたプリムを、床に叩きつける。
「バッカじゃないの! こんなアホ丸出しの女を、私がやれるわけないでしょ! 極めて不愉快よ!」
「……」
じゃあ、昨年の俺たちは、アホだったんでしょうか?
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