第433話 最強ヒロインのお弁当


「また……ここに来てしまったのか」


 思わず、口にしてしまう。

 だって去年から、何回お世話になったことか……。


 俺がいつも食べている、とんこつラーメン屋。博多亭の目の前にあるビル。

 恥ずかしくて、ホテルの名前を確認する余裕はなかったが。

 今日、マリアから教えてもらい、初めてその名を知る。


 ラブホテル、チャンバラごっこ。

 そっち界隈も入室OKということだろうか?


 まだ入口の前だが、もう雰囲気が違う。

 こう、なんというか……ピリっとした空気というか。

 う~ん。この中でカップルが裸同士、ガチンコバトルを繰り広げているからか?


 自動ドアの前に立ったものの、なかなか中に入らない俺を見て、マリアが痺れを切らす。


「タクト? なんで入らないの?」

「いや……この前は偶然とか、事故に近いものだったから……緊張しちゃって」

 俺がそう言うと、彼女は「情けないわね」と首を横に振る。

「今日はもう、私がネットで予約しているから、いいのよ! ほら、早く」

 マリアに手を引っ張られ、ホテルの中へ入ることに。


  ※


 彼女が言った通り、ネット上で部屋を予約しているようで。

 最上階のフロアをほぼ貸し切り状態。

 いわゆるVIPルーム。休憩だけで、1万円もする。

 それでも、マリアは躊躇なく、この部屋を選んだ。

 こだわる理由は、以前俺がアンナと利用したから……。

 

 俺が財布を出す前に、気がつくとマリアは受付に声をかけていた。

「すいません。予約していた冷泉ですが、一泊お願いします」

「かしこまりました。宿泊のご利用ですね?」

「はい」


 受付で支払いを済ませようとするマリアを見て、俺はすかさず止めに入る。

「お、おい! なんで、宿泊するんだ? 休憩で良いだろ?」

「え? なんでよ? ホテルなんだから、一泊するに決まっているじゃない」

「それは普通のホテルだろ……」


 ダメだ、この人。

 ラブホテルというものを理解していない。

 一応、マリアもお嬢様だからな。

 ご休憩て意味を知らないのも、仕方ないか……。



 エレベーターに乗り込み、最上階へと向かう。

 ここまでのマリアは、至って自然体というか、余裕たっぷりといった感じだった。

 しかし、肝心の部屋へたどり着き、ドアノブを回すと、大人の空間が彼女を一気に飲み込んでしまう。


 豪華なシャンデリアに、鏡張りの天井と壁。

 なぜかスロット機が2台。それに大型テレビが1台。

 ベッドの近くには、謎のスイッチがたくさん並び。

 そして、ティッシュと“大事なもの”が置いてある……。


「「……」」


 二人して、部屋の真ん中で固まってしまう。

 アンナの時は、勢いだったからな。


「へ、へぇ~ 大したことないじゃない……ラブホテルと言っても」

 そう強がっているが、声が震えまくっている。

「なあ、マリア。今からでも良いから、やめないか? もっと10代の恋人らしい……初詣とかに変更しないか?」

 俺がそう言うと、彼女の整った顔がグシャっと歪む。

「イヤよ! ここでアンナと遊んだんでしょ? 作品にも書いてあったわ。コスプレとジャグジーが気持ちよかった☆ ってね!」

「あれは……」

「フンッ! 良いわ。あのブリブリ女との違いを見せてあげる!」


 ここは黙って、彼女の言うことを聞こう。


  ~10分後~


「はい、タクト。お口を開けてぇ。あ~ん♪」

「あーん」

「どう? 美味しい?」

「うん……まあまあだね」


 大人のホテルへ来たのだから。

 女のマリアが小さなお口を開けると、思っていたが……。


 彼女が用意してきた弁当のおかずを、無理やり、口の中に放り込まれる。

 白くてやわらかい……目玉焼きだ。


 ベッドの上に二人で仲良く、膝と膝をくっつけ座っている。

 しかし、やっていることと言えば、別にラブホテルで行うことではない。

 公園で良いレベル。


「ほら~ タクト。まだまだ、お代わりがあるからね♪」

「……」


 そのお代わりが問題なんだよ。

 弁当箱にビッシリ詰められた白米……の上には、大きな目玉焼きが、4つ並んでいる。

 他におかずは、何もない。

 黄身以外、全部真っ白。


 マリア曰く、目玉焼きに関してはプロレベルだそうだ。

 作り始めて早10年以上……半熟、完熟。サニーサイドアップやターンオーバー。

 どれも失敗することなく、綺麗に焼き上げることが可能らしい。


 なんだろう……すごいデジャブを感じる。

 あ、俺じゃん。

 俺も玉子焼きしか、作れない。

 似た者同士だ。

 しかし、スペックで言えば、男のミハイルが勝っている。


「なあ、マリア。お前、本当に目玉焼きしか作れないのか?」

「ええ。もちろんよ。勉強や闘病生活で忙しかったから、これしか作れないの」

「そ、そうか……」


 アンナのことは、黙っておこう。

 色々とかわいそうだ。


「タクト。そろそろ飽きてきたでしょ? 味を変える? しょうゆとソース。塩コショウも用意しているわよ♪」

「じゃあ……しょうゆで」

「私と一緒じゃない~ 良かったぁ。白米にはしょうゆが合うわよね♪」

「うん……」


 このあと、目玉焼きの食い過ぎで、吐きそうになった。

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