第424話 今年最後のミハイルくん。


 ミハイルと電話で話してから、数時間経った。

 もう18時を越えたから、窓の向こう側は暗くなっている。

 真冬だし、この時間帯でも、夜に近い。


 心配になって、彼に電話をかけてみるが。

 何度かけても出てくれない。


 なんか嫌われること、したかな……。

 首を傾げながら、自室のテレビをつけてみる。


『それでは、今年もこれで終わりです! タウンタウンが送る。絶対笑えTV二十四時間!』


 もう、そんな時期か……。

 去年は、一ツ橋高校に入学するため、中学校の教科書で猛勉強していたから、見られなかったもんな。

 結局、願書を出して、すぐ合格したから、意味がなかったんだけど。


 ボーっとお笑い番組を眺めていると、部屋の扉がガチャンと音を立てて開く。


 振り返ると、そこには、妹のかなでが立っていた。

 連日の受験勉強で、顔色が悪い。

 かなで曰く、勉強するのは苦ではない。

 それよりも男の娘同人ゲームを、封じられていることが、何よりも辛いそうだ。

 頬もこけている。


「おにーさま……ちょっといいですか?」

 力ない声だった。

 ここまで来ると、さすがに兄として、心配だ。

「おお……大丈夫か? かなで」

「え? なにがですの? かなでのことなら、問題ありません。脳内で男の娘をぐっしょぐっしょに濡らして……股間のタンクが無くなるまで、撃ちまくっていますわ」

「そ、そうか……」

 禁断症状から、いつか近所のショタッ子に手を出さないか、不安だ。

 無理やり、女装させたりとか……。



「それで、俺に用ってなんだ?」

「あ、そうでしたわ。お客様がお見えですよ」

「え? 俺にか?」

「はい……ミーシャちゃんです」

「なっ!?」


 それを聞いた俺は、部屋から飛び出す。

 リビングを通り抜け、急いで階段を駆け下りた。


 店は閉めているから、裏口の扉を開けると、一人の少年が立っていた。

 ニコニコと微笑んで、俺の顔を見つめる。


「タクト! 持ってきたよ!」

「み、ミハイル……」


 両手には、大きな風呂敷で包まれた圧力鍋。

 そして背中には、これまた巨大なリュックサックを背負っている。


 クリスマス・イブを一緒に過ごしたアンナの時とは違い、服の色合いが落ち着いている。

 黒のショートダウンに、ブラウンのショートパンツ。

 足もとは、スニーカー。

 

 アンナの時の方が可愛いのに、なんなんだ? このときめきは……。

 ギャップ萌え、とでもいうのか?


 それにショートパンツの素材がフェイクレザーだから、以前学校で触れなかった悔いがある。

 このまま部屋に連れ込んで……いや、ダメだ。

 理性を取り戻すんだ、俺。


 素のミハイルに見惚れていると、彼が距離をつめて、俺の顔を覗き込む。

 低身長だから、自然と上目遣いになる。


「どうしたの? タクト?」

 相変わらず、エメラルドグリーンの瞳が輝いて見える。

「うう、その……」

「なんか調子悪いの?」

 更に顔を近づけて、俺の目をじっと眺める。


 わざとやっているわけじゃないから、俺の方が負けてしまう。

 クソ。だから、ミハイルモードは嫌いなんだ……。


 恥ずかしさを紛らわすため、彼の持っているものを指差す。


「なあ、ところでその鍋がお雑煮か?」

「ん? あ、そうだよ☆ かつお菜がちゃんと入っていて、お餅もたくさん入れたからね☆ お母さんとかなでちゃんも、みんなで食べてよ☆」

「そうか。悪いな」

 魚のかつおをぶち込むのが、福岡流なんだな。

 よく分からんが……。


 ミハイルから鍋を受け取って、とりあえず、店のローテーブルへ一旦置くことにした。

 持ってみたが、かなり重たい。

 5人分はあるんじゃないか?

 よく持ってきたな……。


「ところで、なんで電話に出てくれなかったんだ?」

 俺がそう言うと、「あ、いけない!」と言って、慌て出す。

「ごめん! オレが料理するのに結構、時間がかかってさ……。タクトに色々食べて欲しかったから、いろんなものを作ってたら、スマホも気がつかなくて」

「そういうことか……なら、気にするな。じゃあ、後ろのリュックにもあるのか?」

 彼のリュックサックを指差すと、ミハイルは嬉しそうに微笑む。

「そうだよ☆ 待ってて、今出すから!」


 お雑煮だけでも、充分嬉しかったのだが……。

 料理が得意なミハイルだ。

 俺の想像を超える料理の数々が、リュックサックから飛び出てくる。


「まずはおせち料理ね、ハイ☆」

 とスナック感覚で、重箱を取り出すミハイル。

 三段だろ、これ? 買ったら相当するだろ……。


「あと、タクトって、“ぬか漬け”は食べられる?」

「へ?」

「だから、ぬか漬けだよ。知らないの?」

「いや。知ってはいるが……」

「じゃあ、好きなの?」

「まあ……」

 俺がそう答えると、ミハイルは手を叩いて喜ぶ。


「良かったぁ☆ ぬか漬けをたくさん持ってきたから、食べてくれる? きゅうりとナスにニンジン。ピーマンも入れたよ☆」

 おばあちゃんかよ……。

 なんで、16歳の男子高校生が、ぬかに漬けていやがるんだ?


「お前が漬けたのか?」

「そうだよ? 死んだかーちゃんから、ずっと受け継いでる“ぬか”なんだ☆」

「えぇ……」


 重い! そんな死んだお母さんの分まで、想いが込められているなんて。

 食いづらい。


「あとね……」

 まだあるの? もういいよ。


「黒豆と“がめ煮”を作り過ぎちゃったから、おすそ分けね☆」

 そう言って、大きな深皿を2つ取り出す。

 ミハイルが作ってくれたお雑煮とおせち料理で、一週間分ぐらい過ごせそうな量だった。


 ここまでしてくれて、俺もさすがに悪い気がしたので、「家にあがらないか?」と提案したが。


「ねーちゃんのおつまみを、作らないといけないから」

 と断れてしまった。


 料理だけ俺に渡すと、彼は「また来年ね~☆」と足早に、地元の真島商店街を走り去ってしまった。


 今年最後だってのに、なんか寂しい別れ方だな……。

 と思いながら、俺は彼のレザーヒップを、目に焼き付けるのであった。

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