第四十八章 年越し男の娘

第423話 コミケが忙しくて、おせちはありません……。


 時が流れるのも早くて……今年、2020年も終わりを迎える。

 今日は、12月31日。大晦日だ。


 クリスマス・イブをアンナと仲良く過ごし、学校は冬休みで、仕事も無い。

 毎日家の中で、だらだらと過ごしていた。


 だが、母さんだけは何時になく、忙しそうだ。

 母さんが経営している、美容院のせいではない。

 もう年末だから、お店は休み。

 プライベートなことだ。


 俺にとって、その姿は毎年恒例のことだが……。

 推しのサークルの情報を、インターネットで仕入れ。

 卑猥な薄い本を、同人販売サイトで大量に予約。


 これだけでも、数十万円は溶かしている。

 しかし、母さんのBLに対する情熱は、とどまることがなく。


 推してなくても、新規のサークルや同人作家を漁りまくるのだ。

 新たな芽は潰す。のではなく、愛でる。

 これが母さんのモットーだ。


 年末年始に、美容院を休むのは、家族といるためではない。

 同人誌を漁るために、店を閉めるのだ……。



 リビングでノートパソコンをカチカチといじる母さん。

 眼鏡を光らせ、笑みを浮かべている。


「ふふふっ……今年の冬も期待のルーキーちゃんがいっぱいね。ポチっておくわ♪」


 俺はただコーヒーのおかわりを、マグカップへ注ぎに来たのだが。

 嫌なものを見てしまった。

 相変わらず、目がガンぎまっていて、麻薬中毒者のよう。

 恐ろしい。

 きっと徹夜で、BLを漁っているからだろう。


 こういう時の母さんは怖いので、声はかけず。コーヒーポットからマグカップに注ぎ、黙って立ち去る。


 

 自室に戻り、机の上にマグカップを置く。

 机の上に置いているモニターを、眺める。

 今年はアホみたいに、写真や動画を撮ったから、フォルダーを分けるのに苦労する。

 まあ主に、アンナのものだが。


 しかし、1枚だけ例外がある。


 それは……この前、彼に頼んで、学校内で撮ったものだ。

 廊下の壁にもたれ掛かり、こちらへ潤んだ瞳を向ける金髪の少年。

 古賀 ミハイル。


 たった1枚しか、撮れなかったが……。

 俺は時々、この写真をクリックしてしまう。


 画像を拡大し、彼の美しいエメラルドグリーンへ吸い込まれそうになる。

 アンナの写真を眺める時よりも、なぜか恥ずかしい。

 

 妹のかなでは、現在、受験勉強による疲労から、二段ベッドの下で爆睡中。

 今なら、人の視線を気にせず、彼を眺めることが出来る。

 

 なぜだろう……。

 この写真を眺めていると、すごく落ち着く。

 あいつが俺の隣りで、笑っているような……。



 男が野郎の写真をずっと眺めているなんて、気持ち悪いよな。

 でも、かれこれ2時間も、モニターに映るミハイルを見つめていた。


 その時だった。

 机に置いていたスマホが振動で、カタカタと音を上げる。

 思わず、ビクついてしまう。


 着信名は、先ほどまで見つめ合っていた相手だ。


「もしもし?」

『あっ、タクト☆ 今なにかしてた?』

 彼の問いに、悪意は感じないが。

 今もモニター越しに映る彼を見つめているため、罪悪感みたいなものを感じる。


「べ、別に……何もしてないぞ?」

『そうなんだ☆ あのさ、後で真島まじまに行ってもいいかな?』

「え? いいけど、どうしてだ?」

『あのね、今お正月の料理を作ってるの☆ お雑煮とか、おせち料理とか』

「ほう。大変だな」

『毎年やっていることだから、大丈夫だよ☆ タクトん家はおせち料理、お母さんが作んないの?』

 もちろん、この質問も悪意はない。

 我が家が逸脱しているから、こんな世間話も出来ないだけだ。


「母さんはおせちとか、作らないよ。昔は作っていたんだがな……今は同人サイト巡りで、それどころじゃないんだ」

 言っていて、めっちゃ恥ずかしい!

『ふ~ん。じゃあ、オレが作ったのを、持って行っても良いよね?』

「へ?」

『夕方ぐらいにそっちへ持って行くから☆』

「いや……それは悪いよ」

 断ろうとしたが、ミハイルに「大丈夫だよ」と笑われた。


『それよりさ、タクトってお雑煮に“かつお菜”は、入れるタイプ?』

「か、かつお?」


 お雑煮に、かつおだと……。

 かつお節か、それとも、カツオのたたきか。

 う~む。なぜお雑煮に入れるんだ? わからん。


『かつお菜だよ☆ 福岡なら入れる家が多いでしょ?』

「へ? かつお、な? 初耳だ、知らん」

『なんで知らないの!? 福岡に住んでいるなら、タクトも知っておきなよ!』

 めっちゃ怒られた。

 意味が分からん。

「すまん。母さんが10年以上、お雑煮とか作らないから、覚えていないんだ。とりあえず、ミハイルが美味いと思うなら、入れてくれ」

 俺がそう言うと、彼はすごく嬉しそうだった。

『ホント!? じゃあ、入れておくね☆ 全部作ったら、また連絡するよ☆』

「おう……」


 通話を終了した後も、しばらく俺の脳内は、カツオでいっぱいだった。

 餅とカツオの刺身を挟んで、汁にぶち込むのだろうか?


 分からん……。

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