第422話 そんなっ! 明日は仕事なのに……。(男同士)
宗像先生から逃げるため、俺たちはフードコートへ移動することにした。
一ヶ月限定の特設会場。
普段なら、色んな人々が行き交う広場なのだが。
今は煌びやかクリスマスツリーが飾られており、その周りにステージまで設けられている。
司会の女性がマイクを持って、アーティストの名前と曲名を紹介していた。
どうやら、プロのバイオリニストとソプラノ歌手がコンビで、クリスマスソングを披露するらしい。
俺は普段、こういうのを聞かないから、良く分からないが……。
確かに、会場の雰囲気と合っている。
クリスマスらしい。
アンナがホットチョコレートをすすりながら、「そろそろお腹がすいたな☆」と言うので。
フードコートにある他の屋台を色々と物色し、気になったものを注文。
渦巻きに巻かれたぐるぐるソーセージ、パエリア、チキン。
これで終わりかと思ったら大間違いで、アンナの腹は満たされない。
大きなピザに、チーズボール。パスタにステーキ。グラタンまで……。
フードコートにあるテーブルで、食事をとれるのだが。
俺たちは2人だけなのに、購入したメニューが多すぎて。
スタッフのお姉さんが、わざわざ6人がけのファミリータイプへ案内してくれた。
そんな大きなテーブルでも、隅までギチギチ。
ちょっと、皿を動かしたら今にも、地面に落ちそう。
「うわぁ~☆ クリスマスっぽい! おしゃれだし、みんな美味しそう☆」
「そ、そだね……」
確かに全部、美味そうなんだけど、量が多すぎる。
こんなに食えない。
~30分後~
「はぁ~☆ 美味しかったぁ☆」
「……」
全部、残さず食いやがった……。
俺はチキンだけで、お腹いっぱいになったのに。
相変わらず、怖いな。アンナさんの胃袋。
「じゃあ、そろそろフードコートを出るか? 他にもお客さんが待っているみたいだし」
「うん☆ あ、でもその前にいいかな?」
「え?」
「デザートに、アップルパイを食べたいの☆」
「了解した……」
スイーツは別腹ってか?
この人の胃袋、どうなってんの。
※
アンナは、クリスマスマーケットの屋台で販売している、食事やデザートは、ほぼ全て食い尽くした。
満足した彼女は、「イルミネーションが見たい」と言うので、俺もついていく。
ツリーから少し離れたところに、光りで包まれた公園があった。
ハートの形のイルミネーションやかぼちゃの馬車。
若いカップルでごった返しており、みんな撮影に拘っている。
きっと、SNSに投稿することも意識しているのだろう。
「キレイだねぇ……」
エメラルドグリーンの瞳を輝かせて、イルミネーションを眺めるアンナ。
俺には、こんな人工的に作られたものより、こいつの瞳の方が何倍も、綺麗だと感じる。
イルミネーションを楽しんでいることを良いことに、今も俺は彼女の横顔を、じっと見つめている。
「ねぇ、タッくん」
急にこちらへ視線を向けられたので、ビクっとしてしまう。
「お、おお。なんだ?」
「ちょっと、そこのベンチに座らない?」
「ん? あそこか?」
アンナが指差したのは、何の飾りつけもない古いベンチだ。
多分、このクリスマスマーケットのために置かれたものじゃなくて、普段からあるものだ。
そんな所だから、人気が少ない。
「構わんが」
「じゃあ、ちょっと二人で座ろうよ。人が多くて、二人きりの時間が少ないもん」
と唇を尖がらせる。
「了解した」
彼女に言われた通り、ベンチに腰を下ろして見せる。
するとアンナは、満足そうに隣りへ座った。
寒いからと俺の腕をぎゅっと掴んで、胸へと押しつける。
「お、おい……」
「いいじゃん。イブなんだから☆ タッくんとの初めてを、たくさん味わいたいの☆」
そう言って、可愛く上目遣いをされると固まってしまう。
今日のアンナは、本当に積極的だな。
ひょっとして、マリアへの対抗心がそうさせるのか?
「ねぇ、タッくん☆」
「ん? なんだ?」
「あのね……」
俺の耳もとに手を当てて、そっと囁く。
思わず、ドキッとしてしまう。
何を言い出すのか、彼女の言葉に緊張する。
「目をつぶってくれる?」
「なっ!?」
ま、まさか……この前の続きを、したいってことか!?
聖夜にこんな人がたくさんいる場所で、キッスだと。
「ごくり……」
生唾を飲まずにはいられなかった。
昨晩、ミハイルの時には出来なかったが、女装して積極的なアンナなら、唇を重ねられるということでは?
マジか、俺。ついにイブで、ファーストキスを経験できるんだ。
覚悟を決めて、瞼をぎゅっと閉じる。
「つ、つぶったぞ?」
「じゃあ、アンナが良いって言うまで、ずっとつぶったままでいてね☆」
「は、はい!」
なぜか敬語になり、カチコチに固まってしまう。
瞼を閉じているから、何が起きているが分からない。
どうやら、アンナは両手を俺の首に回し、抱きしめているようだ。
彼女の吐息が、俺の頬に伝わる。
これはマジだ。
心臓がバクバクして、爆発しそう。
いつになったら、彼女の唇が俺の唇に……。
「ちゅっ」
可愛らしい音だった。
アンナの唇は、とても小さい。
だから、食事をする際も、あまり大きく唇を開けることができない。
それもまた彼女の愛らしいところでもあるのだが。
「ちゅっ……ちゅっ、ちゅっ!」
激しいキッスだった。
なんていうか、キツツキきたいな接吻。
「ちゅ~、ちゅっ! ちゅっ! あれ? なんでかな?」
自分からやっておいて、時折疑問を抱いているようだ。
それもそのはず、この激しいキッスは唇ではなく、頬にされているからだ。
左側の。
ゲームのコントローラーを連打する子供のように、激しくキッスを重ねるアンナ。
「なあ、アンナ? 一体なにをやっているんだ?」
瞼は閉じたまま、質問してみる。
「あ、タッくん! 目はつぶってよね! 恥ずかしいから!」
「おお……閉じているよ。なんで、こんなに頬へ……その唇を当てているんだ?」
「だって、マリアちゃんがこの前学校で、頬にキスしたって、ミーシャちゃんが言うから……汚れを落とすの!」
「えぇ、それで……」
なんだ、あのことをまだ根に持っていたのか。
「そうか……しかし、こんなに何回も、しなくていいんじゃないのか?」
「ダメ! キスマークをつくるの!」
ファッ!?
この人は一体何を言っているんだ。
今やっている控えめなキスでは、マークをつけることは、無理だろうに。
「おかしいな。今読んでいるBLマンガでは、こうしたら、すぐについたんだけどなぁ」
そりゃ、マンガだからだろ。
「アンナ。もう良くないか?」
「イヤっ! 絶対タッくんに“しるし”をつけるの! ちょっと黙ってて!」
怒られちゃったよ……。
「はい……」
「ちゅ、ちゅ、ちゅっ! う~ん。息を吐きながら、チューすればいいのかな?」
逆だ、逆!
吸うんだよ!
「すぅ~ しゅば~!」
うん、暖かいね。それだけだよ。
結局このあと、アンナが満足するのに、1時間も付き合わされた。
これが、恋人らしいクリスマス・イブなの?
僕には分かりません……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます