第415話 ついに便乗したタクト。


 博多駅から小倉行きの電車に乗り込む。

 年末だから人が多く、座ることはできない。

 しかし、それもアンナとの時間を楽しむための口実になる。


 30分ほど、今日の出来事を振り返って、話が盛り上がる。

 俺の地元。真島駅についたことで、彼女とは別れることに。


「タッくん。今日は本当にありがとうね。明日……寒いかもしれないから、気をつけて」

「ああ。俺も楽しかったよ」


 列車の自動ドアが閉まるまで、手を振り続けるアンナ。

 別れが惜しいようだ。


 ドアが閉まり、ゆっくりと列車はホームから走り去っていく。


「よし……」


 列車が去ったことを確認した俺は、駅舎に上がろうとはせず。

 近くにあったホームのベンチに座り込む。


「30分ぐらいでいいか」

 

 スマホのアラームを、30分後に設定する。

 アンナに帰ると見せかけて、次のミッションを遂行するのだ。

 女装したあいつも誕生日だが、もうひとりの……ミハイルをまだ祝えていない。


 きっと、今から帰宅して“彼女から彼”に戻るのだろう。

 着替えるのには、時間がかかる。

 だから……俺は待つ。


 ~1時間後~


 30分間もホームで待機したせいで、身体が冷えきってしまった。

 ま、それでもいいさ。

 今は“こいつ”を、ミハイルに渡したい気持ちの方が強いからな。


 真島駅から2駅離れた席内むしろうち駅。

 ミハイルの故郷だ。


 年末ということもあってか、商店街は閑散としていた。

 いくつか街灯が立っていたが、それでも薄暗い。


 目的地である洋菓子店に着くと、俺はスマホを取り出す。

 2階の窓を見ると、明かりがついていて、人影が見える。

 きっと彼が着替えているのだろう。


 電話をかけてみると、すぐにミハイルが出る。

『も、もしもし!? どうしたの? タクト……』

 どうやら、かなり驚いているようだ。

「よう。久しぶりだな、ミハイル」

 俺は下からずっと彼の影を見ながら、話している。

『うん……って、今日はアンナと誕生日デートだったんじゃないの?』

「そうだ。ちゃんと祝ってきたよ。喜んでくれた」

 言いながら、彼の影があたふたしている姿を見ていると、笑ってしまいそうだ。


『じゃあ、オレに用があるの?』

「ああ……ミハイル。ちょうど、お前ん家の前にいてな。今から出てこれるか?」

『え、えええ!? 今から!? こんな遅くに?』

「すぐに終わるよ」

『分かった。待ってて!』


 しばらくすると、店の裏から、ミハイルがこちらへと向かってくる。

 随分と慌てているようだ。


 アンナの時とは、対照的なファッション。

 黒のショートダウンに、デニムのショートパンツ。

 長く美しい金色の髪は首元で1つに結び、前髪は左右に分けている。

 ただ、唇に違和感が残っていた。

 急いで出て来たため、化粧が落ちていない。

 ピンクの口紅が、目立っている。


「ど、どうしたの? タクト。オレの家になんでいるの?」

 本人はそれどころじゃないようだ。

「それはな、ミハイル。お前に渡したいものがあるんだ」

 そう言って、リュックサックから、小さな紙袋を取り出す。

「これって……」

「お前の誕生日だろ? 俺からプレゼントだ」

「タクトが? オレに?」


 俺としては、半年前にミハイルからプレゼントを貰っているので、渡すのは当たり前だと思っていたが。

 どうやら、本人は考えていなかったようだ。

 小さな口を開いて、かなり驚いている。


「あ、ありがとう……プレゼントをもらえるなんて、思わなかったから……」

 頬を赤くして、ゆっくりと紙袋を手に取る。

 アンナの時と同じように、綺麗に包装紙をほどき、畳んで紙袋に入れる。

 これも大事に、保管するようだ。


 中にはミハイルの大好きなキャラクターがプリントされた、ギフトボックスが入っていた。

 夢の国のストアで、購入したネッキーだ。


 それを見たミハイルは、緑の瞳をキラキラと輝かせる。

「うわっ! これネッキーのやつだ!」

「ああ。お前が好きなの……って探したけど、良く分からなくてな……結局、これにしてしまったよ」

 そう言って、頭をポリポリとかいてみせる。

 照れ隠しのために。

 だが、ミハイルはそんなことを気にしていない。


「ううん! オレ、このシリーズ好きだもん! 欲しくてたまらなかったやつだ☆」

「そうなのか?」

「うん☆ 開けていい?」

「もちろんだ」


 ギフトボックスを開いて、中からネッキーとネニーのピアスを取り出す。

 ちなみに、ダイヤモンドが入っている……。


「すご~い! カワイイ☆ 耳につけてもいい?」

「ああ……」

 と言いかけたところで、思いとどまる。

 なぜかは、分からない。

 ただ、身体が勝手に動いていた。


「貸してみろ」

 ミハイルから、ギフトボックスを取り上げる。

「え?」

「今、手が塞がっているだろ? 俺がつけてやるよ」

 これは嘘だ。

 口実にすぎない。

「え、え……? お、オレに?」

 いきなり、そんなことを言われて、ミハイルは固まってしまう。

 顔を真っ赤にして、視線は地面に向けられる。

 従順なミハイルを良いことに、俺は彼の白い肌にそっと触れる。

 冷たいが嫌じゃない。柔らかくて、むしろ気持ちが良い。


「じゃあ、いくぞ」

「うん……お願い」


 ピアスなんて、したこともないくせに。

 勝手にミハイルの耳へ、ピアスを差し込む。

 不慣れなこともあってか、何度か失敗したが、それでも両方の耳へつけることに成功した。


「よし。できたぞ」

「あ、ありがとう……」


 急に積極的な行動を取ったため、ミハイルは動揺している様子だった。

 それでも、プレゼントは嬉しいようで、スマホのカメラを使い、耳元を確認する。


「カワイイ☆ これ、すごく好き☆」

「そうか」


 久しぶりに、彼の笑顔が見られた……。それがとても嬉しかった。

 いや、やっと安心できたのだと思う。

 この前の学校は、最悪の別れだったから……。


「タクト。ホントにありがとう☆ オレ、今日が今年で一番嬉しい……ううん! 人生で最高に嬉しい一日だよ!」

「……」


 なんとも眩しい笑顔だった。

 相変わらず、宝石のように美しいエメラルドグリーンを輝かせて……。


 俺は思い出していた。

 今年の4月。

 高校の入学式で、彼と初めて出会った日を。


 あの時、笑ってはいなかったが。

 俺は初めてこいつを見た時、確かに思ったんだ。


『可愛い』と……。


 今までの人生で、見たこともないぐらいの美少女。

 この地球で、こいつより可愛いやつは、いないんじゃないかって。


「タクト? どうしたの?」

「……」


 2週間もこいつのことばかり考えていて、頭がおかしくなっていたのかもしれない。

 今年最後の学校が、あんな終わり方じゃ、嫌だ……。

 失いたくない。


 そう思うと、何故か胸にぽっかりと大きな穴が、開いた気がした。

 これを埋めるには、どうしたらいいか分からない。


 でも……きっと彼ならば。



「た、た、タクトぉ!?」

「悪い……」


 気がつくと、俺はミハイルを抱きしめていた。

 力いっぱい。

 もうお互いが、離れることのないように……。

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