第414話 生放送は失敗が許されない。


 ひとり拳を作って、苛立ちを露わにしていると、女子アナが俺に話しかけてきた。

 カメラマンと照明つきで。


「あのぉ~ 彼氏さん……ですよねぇ?」

「え、えっと……俺は、その……」

 ヤバい!

 この女子アナのせいで、俺とアンナは、付き合っているという関係になってしまう。

 早く弁解せねば……。


「ち、ちがい……」

 

 素人の俺からすると、カメラを向けられただけで緊張し、まともに喋ることができなくなってしまう。

 それにローカルとはいえ、生放送だ。

 少しでも言葉を間違えれば、俺の今後……人生に関わる問題にもなりかねない。


「え、お二人はカップルさんじゃないんですか? だって、タワーから仲良く出てこられましたし……」

「それは……アンナが誕生日で」

 たくさんの大人に囲まれ、インタビューされるのがここまで、恥ずかしいとは……。

 頬がすごく熱くなっている……。きっと顔が真っ赤なんだと思うと、尚のことダサい。


 俺が言葉に詰まっていると、タマタマくんと遊んでいたアンナが間に入る。

「タッくんとアンナは、真剣に付き合っているカップルさんですよ☆」

「ブーーーッ!」

 目の前のカメラに向かって、大量の唾を吐き出してしまった。

 しかし、撮影しているカメラマンが、驚くことはなく。ジーパンからタオルを取り出して、すぐにレンズを拭き上げる。


「これ、今。生放送なんですよね?」

 勝手に司会を始めるアンナ。

「あ、そうですよ。お天気予報ですけど」

「うわぁ、すごい~☆ タッくんとテレビデビューだぁ☆」

 そんな呑気な……あなたの正体がバレちゃうよ。

「ところで、アンナさんは今日、お誕生日だったんですか?」

「そうなんですぅ☆ タッくんがこのキレイなピアスをくれて、最高の1日になりました☆」

「いいなぁ~ それって、タンザナイトですよね? 私もそんな優しい彼氏が欲しい~」

 なんか女子トークが始まっている。

 天気予報、どこ行ったの?


「あと、アンナの……私の彼って、作家なんです」

「え、小説家さん。なんですか? お若いのに……」

 急に俺を見る目が変わった。

 だが、次の瞬間。女子アナの目つきが変わる。


 アンナが良かれと思って、言ってくれたのだと思うが。

「はい☆ ペンネームは、DOどぅ助兵衛スケベ

「す、スケベ!?」

 汚物を見るかのような目つきで、俺を睨む。

 アンナは女子アナを、無視して話を続ける。

「小説のタイトルは『気になっていたあの子はヤンキーだが、デートするときはめっちゃタイプでグイグイくる!!!』で。1巻から3巻まで、好評発売中です☆」

 めっちゃ宣伝してる……。

 ていうか、福岡中に俺のペンネームがバレちまったよ!

 顔出しで。


  ※


 結局、アンナが1人で喋り倒し。

 俺と彼女は、付き合っている関係になってしまった。

 アホなペンネームを聞いた女子アナは、引きつった顔で、一度スタジオに返す。

 どうやら、コマーシャルを挟むようだ。


 その間、女子アナから軽く説明を受ける。

 明日の天気予報を読み上げるから、隣りに立って笑っていて欲しいそうだ。

 最後に俺たちへ何か話を振ると、忠告を受けた。


 コマーシャルがあけて、また女子アナがペラペラと喋り始める。

 パネルを持って、明日の気温や天候を説明していた。


 俺とアンナは、タマタマくんと一緒に立っているだけ。

 正直、引きつった笑顔だと思う。


 忠告通り、コーナーの終わりに女子アナから話を振られる。

「ところで今日、とても素晴らしいお誕生日を、過ごせたカップルのアンナさんとスケベくん」

 それ、名前じゃねー!

「はい? なんでしょう☆」

 アンナも、そのまま通すなよ。

「明日はクリスマス・イブですよね? やっぱりイルミネーションを見ながら、デートされますよね?」

 その言葉が胸にグサリと刺さる。

 せっかく、傷ついていたミハイルを楽しませようと、今日を精一杯祝っていたのに。

 急に現実へと戻されてしまう。


 そうだ。明日、俺はイブをマリアと過ごすことになっているんだ……。

 アンナも、きっと落ち込んでいるだろう。

 隣りに立っているアンナの顔を覗き込むと……なぜかニコニコと笑っていた。


「それがぁ~ 彼ったらイブだって言うのに、お仕事が入っていて。明日はデートできないんですよぉ」

「へ?」

 思わず、アホな声が出てしまった。

 アンナのやつ、なにを考えているんだ?

 なぜこんな他人事みたいな、話し方ができるのだろう……。


 女子アナも、その話を鵜呑みにする。

「そうなんですか? スケベくんは作家さんだから、打ち合わせとか、なんですかね?」

 ヤベッ。俺に話を振ってきやがった。

「ま、まあ……そうですね。ちょっと、取材が1件ありまして……」

「え? 先ほどのタイトルからして、取材が必要な作品には、感じませんが?」

 この女子アナ。ムカつくな。

「編集部から言われているんですよ。ははは」

 笑ってごまかそうとしたら、女子アナの目つきが鋭くなった。


「あの、まさかと思いますが……アンナさんの誕生日を祝っておいて。仕事とはいえ、別の女性とイブを過ごされるんじゃないですよね?」

「……」

 女子アナとカメラマン、照明さん。それからメイク係。

 たくさんの大人の視線が、一気に俺へと向けられる。

 ついでに、テレビの向こう側。

 大勢の福岡県民が見ているんだ。


 そんな中……俺は嘘をつくのか?


「お、俺は……」

 そう言いかけた時。隣りに立っていたアンナが、代わりに話し始める。

「アンナ……私は、信じています。大好きな彼のことですから。私を傷つけるようなことはしません。それに彼って嘘が大嫌いなんです。イブを一緒に過ごせなくても、2人の気持ちはずっと一緒です☆」


 そう言い切ると、カメラに向かって天使の笑顔を見せた。

 これには、他のスタッフも思わず声を上げる。


「かわいい」

「アイドルみたいだ」

「明日から、この子を天気予報に使いたい」


 最後のやつ、ふざけんな。


 アンナの言葉を聞いた女子アナは、最初こそ驚いていたが。

 すぐに落ち着きを取り戻す。


「素晴らしい! 離れていても、このアンナさんとスケベくんの愛は、永遠だということですね! では、テレビをご覧になっている方も、明日は良いイブをお過ごしください~♪」


 そう言って、勝手に話を纏めやがった女子アナは、番組が終わると、さっさとテレビ局へと帰っていく。

 ついでにスタッフ達も、機材を集めて立ち去る。

 着ぐるみのタマタマくんだけ、照明さんと一緒に置いていかれた。周りにいた子供たちと記念撮影をするため。


 

 残された俺とアンナも、帰ることにした。

 バス停へと向かう際、彼女の顔を見たが、やはり満面の笑みだ。

 この余裕ぷりが、心配で仕方ない。


「なぁ。アンナ……本当に明日のこと。大丈夫か? イブなのに」

「大丈夫だよ☆ だって来年があるし☆」

「そうか……」


 立ち直りが早いのか、それとも今日が楽しすぎたのか。

 分からんな、女って生き物は。あっ、男だった。

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