第413話 ジェットコースターに乗る時、ピアスは外しておこう。


 ケーキを食べ終える頃、俺はリュックサックから小さな箱を取り出す。

 以前、カナルシティのアクセサリーショップで購入したピアスが、中には入っている。

 

 アンナのために、誕生石を加工して作ってもらった特別なプレゼント。

 ただプレゼントを渡すだけなのに、緊張する。

 口の中が渇いて、上手く話すことができない。


「あ、アンナ……。これ、誕生日のプレゼントなんだ。受け取ってくれないか?」


 なんて格好の悪い渡し方だと思った。

 しかし、渡された本人は、緑の瞳をキラキラと輝かせる。


「え!? アンナにくれるの!? 嬉しい! タッくん、ありがとう☆」


 プレゼントを大事そうに受け取り、早速「開けていい?」と俺に尋ねる。

 もちろんだと、俺が頷くと、丁寧に包装紙を開いていく。

 結んでいた紐でさえ、折り畳み、持って帰るようだ。


 ギフトボックスをゆっくり開く。

 そこには、透き通るような綺麗なブルー。

 タンザナイトのピアスが2つ、並んでいた。


 開けた瞬間、アンナはその輝きに驚く。


「きれい~ これ、タッくん。高かったんじゃないの?」

 喜ぶよりも先に、金額を心配されてしまった。

「ま、まあ……アンナには色々と世話になったしな。取材もいっぱいしてくれただろ? 印税とか入れば、訳ないさ」

 半分は合っているが、本当は違う。

 純粋にあげたかった……。


「そっかぁ……ごめんね。気を使ってもらって」

 ついには顔を曇らせてしまう。

「気は使ってない。俺が祝いたいと思ったから、やったまでだ。アンナにつけて欲しいって……」

 言いながら、「これ告ってない?」と自分にツッコミを入れたくなった。

「アンナにつけて欲しいの?」

「ああ。お前の耳に似合いそうだ」

 

 無言でお互いの瞳を見つめあうこと、数秒間。

 アンナは黙って、ギフトボックスからピアスを手に取った。

 首を左側に向けて、うなじを俺に見せる。

 どうやら、今からピアスをつけてくれるようだ。


 おそらく手術後にずっとつけていた簡素なファーストピアスを外し、俺が用意したタンザナイトを差し込む。


 まだ彼女の穴は小さいようで、なかなか新しいピアスが入らない。

 時折、「痛っ」と顔をしかめる。

 しかしアンナも諦めたくないようで、頑張って最後まで差し込んだ。


 ようやく、両方の耳にピアスが入ったところで、お披露目タイム。

「似合う……かな?」

 頬を赤くして、耳たぶに手を当てている。

 きっと、ピアスが目立つように、やってくれているんだ。

「可愛い……」

 自然と、俺の口からはその言葉が漏れていた。

「あ、ありがとう……タッくん、大事にするね☆」

「ああ。たくさん使ってもらえると、俺も嬉しいよ」


  ※

 

 気がつけば、窓の外は夕陽から星空へと変わっていた。

 冬だから、暗くなるのも早い。


 スマホの時刻を確認すれば、『19:03』だ。


 中身は男とはいえ、一応女の子だ。

 早めに帰さないとな……。


「アンナ、夜になったし。そろそろ帰ろう」

 俺がそう言うと、彼女は唇を尖がらせる。

「うん……もう夜だもんね……」

 名残惜しいが、ちゃんと帰さないとな。

 このまま、ドーム近くのホテルへ連れ込む。っていう強引な手もあるが。

 それは俺の紳士道に反する。

 大人しく、帰ろう。

 


 レストランを出て、エレベーターに乗り込む。

 あんなに高かった展望部だが、降りるのは一瞬だ。

 博多タワーを出ると、相変わらず外は強風で吹き飛ばされそう。


 再度バスを使って、博多駅へと向かおうとしたその時だった。

 タワーの前に人だかりが出来ていた。


「えぇ~ 本日は本当に寒い1日ですね。私もコートの中に、カイロを何個も入れています」

 マイクを片手に話しているのは、綺麗な格好をした女子アナ。

 そのアナウンサーを囲むように、テレビスタッフが何人も並んで立っている。


「しまった……忘れていた」


 気がついた時には、もう遅かった。

 カメラはこちらをしっかりと捉えている。

 博多タワーの目の前には、テレビ局があったんだ。

 福岡ローカルのテレビ局だが。


 ちょうど、この時間はタワーを目の前に、天気予報をやっている。

 夕方のニュースだと思うが、俺とアンナが福岡中に配信されてしまう。


 何も知らないアンナが、女子アナの隣りに立っていた着ぐるみへ手を振った。


「あはは。かわいい☆」


 それに気がついた着ぐるみも、アンナに向かって、大きく手を振る。


「ん、どうしたのかな? タマタマくん?」


 着ぐるみが生放送中に、カメラへお尻を向けたため、女子アナが声をかける。

 すると、タマタマくんは身振り手振りで、俺たちのことを説明し出した。

 いらんことすな!


「ほうほう。あそこにいるのは、カップルさんですね! では、せっかくなので一緒にお天気を予想してもらおっか♪ タマタマくん」

 ファッ!?

 俺がその場から逃げようとした時には、もう遅かった。

 タマタマくんが、のしのしと音を立てて、こちらへ向かってくる。


 もう覚悟を決めるしかなかった。

「可愛い☆ タマタマくんっていうんだ~」

 気がつけば、隣りにいたアンナが、謎の着ぐるみと抱きしめ合っていた。

 クソが!

 中身、男だったらブチ殺してやりたい。

 人の女を勝手に触りやがって……。

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