第376話 抹消されるヒロイン


 体育の授業で二時間もミハイルと絡んで……いや、健全な“ストレッチ”を楽しんでしまった。

 彼にやましい気持ちは、無かったようだが。

 俺の股間は素直すぎるほどに、暴れまわってしまう。

 おかげで、更衣室に入ってもなかなか着替えることが出来なかった。

 ズボンを下ろせば、全男子生徒にバレてしまうからな……。

 理性を取り戻すために、しばらく深呼吸を繰り返し、どうにか着替えることが出来た。


  ※


 帰りのホームルームを終えて、各々が教室から出て行く頃。

 机の上に置いてあるリュックサックに、小さな白い手がポンと置かれる。

「タクト☆ 一緒に帰ろ☆」

「ああ。そうだな」


 もうこのやり取りが日常と化している気がした。

 俺の隣りに、こいつがいることが、当たり前のように感じる。

 ダチだから……だろうか?

 ミハイルが一緒にいてくれるだけで、安心する。

 半年以上の付き合いだから、他人みたく変な気を使わなくてもいい。

 何なら、腐女子の母さんより、居心地が良いかもな……。



 二人で仲良く駄弁りながら、校舎を出る。

 長い坂道を降りていると、ジーパンのポケットから、可愛らしい歌声が流れ始めた。

 俺の推し、アイドル声優のYUIKAちゃんが発表した新曲。

永遠えいえん永年えいねん』だ。


 着信名を見れば……。

 全日制コースに通っている現役JKこと、赤坂 ひなただ。

 その名前を見て、ピンときた。

 今日、学校で会った時に頼んだ写真のことだろう。

 小説のイラストモデルとして、提供してもらうため、俺が彼女に頼んだんだ。


「もしもし?」

『あ、新宮センパイ! お待たせしましたぁ~ 約束の写真、選び終わったんで、今から送信しますね♪』

 選ぶのに数時間掛かると言ってはいたが、本当に半日かかったよ……。

「そうか。悪いな」

『いえいえ。やっぱ私がヒロインなんで、ちゃんとお手伝いしないとですよ~』

 偉くご機嫌だな。

 別に俺が写真を必要としているわけではないのに……。



 電話を切ろうとした際、ひなたに1つ注意を受けた。

 それは送るデータが膨大な為、通信費がアホみたいにかかるかもしれないと。

 一体、何十枚送ってきやがるんだ?

 まあ今日はもう帰るだけだ。

 通信費は白金に経費として、請求すれば、問題ないし。

 歩きながら、適当に写真が受信されるのを待とう。


 ~20分後~


「ピコン……ピコッ! ピコッピコッピコッ!」


 手に持っていたスマホを思わず、地面のアスファルトに叩きつけるところだった。

 あまりのやかましさと、しつこさにぶちギレる。


 今のところ、ひなたから送られてきた写真は120枚以上……まだ終わりが見えない。

 何枚か、ファイルを開いたが、正直大して変わらないアングルや表情の写真ばかりだ。

 もっと絞れよと言いたい。


 だが後半の写真は、制服姿のひなたではなく……。

 日頃、自分で撮ったと思われる写真が多く感じた。


 自宅でたくさんのペットに囲まれて、嬉しそうに笑うひなた。

 クラスメイトのピーチと、ケーキを頬張る写真。

 他にも海辺で家族と仲良く佇む一枚など……情報量が多過ぎる。

 こんなに要らないのに。


 しかし、最後の写真を開いた瞬間、思わず生唾を飲み込んでしまった。


「す、スク水……」


 現役JKのスク水なんて、中々お目に掛かれないので、スマホにグイッと顔を近づて確かめる。


 どうやら、所属している水泳部の競泳水着だ。

 褐色肌で程よく筋肉がついている細身のひなた。

 とても健康的なスポーツ少女だ。

 何かの大会のようだ。

 表彰台の上で、嬉しそうにピースしている。


 ひなたからすれば、大会で一位を獲ったことが誇らしいのだろうが……。

 男の俺が見ると、スク水JKの全身写真。

 つまり、グラビアアイドルと大して変わらない。

 レアな写真だ。たまらん……。


「よ、よし……」


 当初、予定していなかったが、この写真だけはクラウド上にアップロードしておこう。

 いや別に、おかずにするつもりじゃなくて、こんな機会は滅多にないから……ね?

 と、スマホをいじっていると……。


「タクト☆ さっきから、ナニをやってんの?」

 満面の笑みで、ずいっと近寄ってくるのは、ミハイルさん。

 もちろん、2つの大きなエメラルドグリーンは、いつものように輝いていない。

 瞳の輝きは完全に消え失せ、ダークモードだ。

「あ、いや……これは」

「ねぇ? さっきから、ピコッピコッてさ。誰からなの? アンナじゃないよね?」

 ずっとニコニコと優しく笑ってくれるけど、目が笑ってない。

 ここは、嘘をつくと後が怖いぞ……。

 もう正直に話すしかない。


「こ、これはだな。小説に必要な写真なんだ! け、決して嫌らしいことじゃないぞ?」

 自分で言っていて、何故か疑問形になってしまう。


 大人しく、ミハイルにスマホを差し出して、説明を始める。

 彼は「うんうん」と黙って、俺の話を聞いてくれた。

 しかし、スマホの写真をしばらく閲覧したあと……。

 とある写真で、彼の額に太い血管が浮き出る。


「タクトの話だとさ。小説のイラストに使いたいだけだよね? ほのかは、いつもの病気写真で良いと思うよ。個性だからさ☆」

 腐女子は病気じゃないって……。

「お、おお。ほのかっぽい写真だろ?」

「うん☆ ほのかの良さが出てると思う☆ でもさ、ひなたの写真だけ、なんでこんなバカみたいに数が多いの?」

 ひなたという名前が出た瞬間、ドスの聞いた声で喋り始めた。

「そ、それは……ひなたが勝手に送りつけて……。本当は三枚ぐらいでいいんだが」

「じゃあさ、オレが三枚に選んであげるよ☆ タクトって写真選びとか、分かんないでしょ?」

「え……」

「特に、このさ。水着写真は絶対にいらないよね?」

 と、至近距離で脅されたので、俺はもう何も言い返すことが出来なかった。

「はい」

「じゃあ、消去しておくね☆ タクト、良かったね。こんな汚い女子高生の水着写真を持っているとね。今はお巡りさんに児ポ法だったけ? あれで捕まるんだよ?」

「……」


 こうして、ひなたの写真だけ、何故かブレた表情の写真ばかりを選別されてしまうのであった。

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