第362話 三角関係


 困惑する俺とは対称的に、ずっと笑顔でこちらを見つめるアンナ。


「タッくんはアンナとじゃないと、取材にならないよ☆」

「はぁ……」


 放心状態で、彼女のグリーンアイズを見つめる。

 なんだか、瞳の奥へと吸い込まれそうだ……。

 もう、このままアンナと二人で、川を越えて、どこまでも。

 

 その時だった。

 背後から、叫び声が上がったのは。



「待ちなさい! タクト!」


 振り返ると、そこには身なりの汚い少女が一人立っていた。

 見覚えのある子だが、着ているワンピースがボロボロだ。

 襟もとは伸びてしまって、所々破れている。

 金色の美しい髪も、バサバサに乱れまくっていた。

 

 一歩、間違えれば、ホームレスかと思ってしまう。

 それぐらい汚い女の子だった。


 だが1つだけ、キレイな箇所と言えば、その瞳だ。

 宝石のような2つのブルーサファイアを輝かせて、こちらをじっと見つめている。

 いや、睨んでいるが正解か。


「お前……マリアか?」

「当たり前でしょ! そのブリブリ女が偽物よっ!」

 犯人はお前だ的な感じで、人差し指を隣りの少女に突き刺す。

「えぇ、なにこの子。怖~い!」

 そう言って、俺の背中に隠れるアンナちゃん。


 当然、マリアは小さな肩を震わせて、怒りを露わにする。

「あなたねぇ! 映画館のトイレで私を襲ったくせに、よくもまあ!」

 飛び掛かってきた彼女を、俺は必死に抑える。

「ちょ、ちょっと待て……マリア! 堪えてくれ!」

「なによ! タクト、このブリブリアンナの肩を持つ気? トイレで待ち伏せしていたような、狡猾な女よ!」


 えぇ……。

 もう犯罪とか、ストーカーってレベルじゃないよ。

 このあと、マリアを落ち着かせるのに、1時間はかかった。


  ※


 マリアから現在に至るまでの経緯を聞いて、俺は驚きを隠せずにいた。

 どうやら、彼女は映画館のトイレで待ち伏せていたアンナに襲われ。

 今まで、個室の中で荒縄により縛られ、閉じ込められていたらしい……。


 つまり痴漢を殴っていたマリアは、既にもうすり替わっていたということだ。

 あれは、正真正銘、女装したアンナが演じていた事に、開いた口が塞がらない。


 ファッションもマリアに似せて、コーディネートしている。

 まだ1回しか、会ったことがないのに、よくもここまでトレースできたものだ。


 

「ねぇ、初めてまして……と言いたいところだけど。アンナ! あなた、こんなことをやっても良いと思っているの?」

 ドスの聞いた声で睨むマリアを目の前にしても、アンナは余裕たっぷりでニコニコと笑っている。

「え? なんのことかな☆」

 全然、悪びれる様子がない。

 ここまで来たら、サイコパスだ。


「あなたねぇ……私とタクトの大事なデートを、取材をなんだと思っているのよ!」

「アンナ、分かんないな。だって、タッくんの初めてを奪ったのは、マリアちゃんだったけ? そっちの方でしょ☆」

 そう言って、優しく笑いかける余裕っぷりが、更にマリアの怒りを助長させる。

「初めて……って一体なんのことよ! それを婚約者である私がタクトと経験することが、何が悪いの!?」

「悪いよ☆ だって、タッくんが優しいことを良いことに、胸を触らせたもん☆」

「なっ!? あなた……それを根に持って、ここまでの悪行を平気でやったと言うの?」


 異常なまでのアンナの『初めて』への執着心に絶句するマリア。

 だが、両者一歩も譲ることはない。

 怒りをむき出しにするマリアに対し、ニコニコと優しく微笑むアンナ。

 カオスな状況に、俺は沈黙を貫いた。

 怖すぎるからだ。


 この二人の間に俺が入れば、殺される……間違いなく。

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