第361話 ドッペルゲンガー


 結局、マリアの命がかかっているということで、お胸を触診することに……。

 彼女と言えば、ベンチに座って、身体を俺へと向ける。

 両手は膝の上に置いて、姿勢をピンと真っすぐ伸ばしていた。

 そうすることで、改めてマリアの小さな胸が強調される。


 思わず、生唾を飲み込む。

 合意の元とはいえ、両手でパイ揉みとは、初めての経験だからな。


「じゃあ、いくぞ……」

「うん」


 この時ばかりは、マリアも視線を地面に落とし、頬を赤くする。

 

 ゆっくりと、両手を彼女の胸元へと近づける。

 大きな白いリボンが邪魔だったから、手で払い、そして低い2つの山へ到着。

 お山のふもとから、てっぺんまで優しく押し込む。

 いや、感触を楽しんでいるに過ぎないのだが……。


「あんっ……」


 甲高い声で反応するマリア。

 妙に色っぽい。

 そりゃ、そうだよな。

 ラブホの前で、触診とはいえ、めっちゃ揉んでいるのだから。


 だが、俺は至って冷静だった。

 それは乳がんという、疑いがあるから……ではなく。

 違和感を感じていたからだ。


「んんっ!?」


 思わず、声が出てしまうほど。

 “変化”に驚きを隠せない。


 それもそのはず、秋ごろに帰国したマリアの胸を事故とはいえ、ダイレクトに揉みまくった時とは、大きな違いがあったからだ。

 無い物がある……。

 以前の彼女は、付けていなかったはずだ。

 ブラジャーを。


 ノーブラで柔らかい胸を揉み揉みさせて頂いたから、あの気持ち良さはしっかりと覚えている。

 しかし、この感触は……。


 硬すぎる。ブラジャーをしていても、肉感が皆無だ。

 下着のワイヤーもあるだろうが、それよりも全体的にカチカチ。

 パッドで少し膨らみはあるけど……無いに等しい。

 これは女性の胸ではない。



「お、お前! 本当にマリアか!?」


 驚いた俺は、咄嗟に胸から手を離そうとしたが、両腕を掴まれて動けない。

 視線を上にあげると、ニッコリと優しく微笑んでいる彼女の姿が。


「やっと、汚れが落ちたね☆」

 喋り方が急に変わった。

「え? ま、まさか……」

「バァ! アンナだよ☆」

「うそでしょ……どこから?」

 

  ※


 俺の脳内は大パニックを起こしていた。

 一体、いつから、アンナだったんだ?


 確かに最初、電話で取材を申し込んできたのは、間違いなく女のマリアだった。

 喋り方も何1つ違和感のない自然な彼女のまま。

 あの強気で上から目線なマリアを演技だけで、今まで騙していたというのか……。

 信じられん。


 仮に演じていたとしても、中身はおバカなミハイルだ。

 頭の良い帰国子女、マリアをあそこまで完コピできるか?



「な、なぁ……今日の取材って、俺はアンナとデートしていたのか?」

「そうだよ☆ 最初からね」

「えぇ……」


 血の気が引き、脇から汗が滲み出るのを感じた。

 怖い。どこまでやるんだ、この人。

 頭が痛くて寝込んでいたんじゃないのか?


 両手で頭を抱え、考え込む俺を無視して、アンナは嬉しそうに微笑む。


「タッくん。マリアちゃんなんて、最初からいなかったんだよ☆」

「え? それ、本当か……」

「うんうん☆ 全部、アンナがやっていた偽りの女の子だよ☆ 見ててね」


 そう言うと、瞳に人差し指を当てて、何やら小さなレンズを取り外す。

 ブルーのコンタクトレンズだ。

 両方外せば、エメラルドグリーンの瞳がキラキラと輝き始める。


「慣れないカラコンだから、目がゴワゴワしちゃった☆」

「……」


 俺は一体、どうしちまったんだ……。

 彼女の言う通り、マリアという幼馴染は、この世には存在しない人物なのだろうか。

 それとも、催眠にでもかけられているのだろうか……分からない。

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