第360話 因縁の場所


 空が夕陽でオレンジ色に染まり出した頃。

 マリアと言えば、久しぶりのカナルシティでたくさんの買い物を楽しんでいた。

 主に、雑貨が多い。

 可愛らしいアクセサリーや色んなキャラクターの公式ショップで購入したグッズ。

 夢の国で有名なネッキーとネニーが、プリントされたグラスセット。


 本当に女の子らしい物ばかりを好むようになったらしい。

 頭の回転が早く、活字が大好きな文学少女のマリアはどこに行ったのやら……。

 俺が思っていた以上に、10年間という時は、人をここまで変えてしまうのだろうか。


 大きな紙袋を4つも抱えて、満足そうに笑うマリア。


「今日はありがとね、タクト。買い物に付き合ってくれて」

「いや、別にこれぐらい訳ないさ。それより、俺の方こそ、映画のチケットありがとな。無料で見られて、助かったよ」

「え、映画? ああ……あのことね。別にいいわよ。それより、まだ時間ある?」

 そう言われて、スマホの画面を確認する。

 

 見れば、時刻は『17:31』だ。

 男の俺からすれば、まだ全然遊べる時間だが……女子であるマリアは別だ。

 両親も心配するだろう。


「少しなら、いいぞ」

 俺がそう答えると、彼女は嬉しそうに微笑む。

「じゃあ……思い出として。最後にあそこへ行きたいわ」

 マリアが指をさした方向は……。

 カナルシティの屋外にある1つの川だ。

 何かと因縁がまとわりついている、博多川。

 嫌な予感しか、ない。

 だが断れば……それもそれで、後が怖い。

 俺は渋々、その案を呑んだ。


  ※


 例の如く、博多川の前に設置されているベンチに二人して腰かける。

 もう説明する必要もないと思うが、川の反対側には、ズラーッとラブホテルが大量に並んでいる。

 10年前よりも、ホテルは更に増えたような気がする。

 河川の周りにはチラホラと、屋台が夜に備えて、料理の下準備を始め出していた。


 俺たち以外のカップルは、なぜか暗がりで静かに笑っていた。

 時折、顔と顔を近づけて接吻……とまではいかないが、互いの鼻を擦りつけ合う。


「ダ~メ、まだだってば」

「いいじゃん。どうせ、行くんだし」

「ヤダ。ちゃんと部屋に入ってからだよぉ」

「満室だから、ここで待機してんじゃん。もう良いじゃん」

「も~う」


 クソがっ!

 生々しいんじゃ、コラッ!

 一刻も早く、ここから立ち去って空室を探して来い。


 俺が辺りのリア充どもへ、殺意を込めて睨んでいると……。

 普段、強気なマリアが、辺りの雰囲気に気圧されたのか、頬を赤くして俯いてしまう。


「大丈夫か、マリア? この川はカップルが御用達だからな。喫茶店にでも場所を変えるか」

「ううん……ここで良い。と言うよりも、この川の前じゃなきゃ、ダメなの」

「どういうことだ?」

「実はタクトに相談があって……聞いてくれるかしら?」

「おお……」


 マリアは小さな胸の前で、両手を合わせて祈るように、空を眺める。

 そして深い深呼吸をした後、俺に視線を合わせて、こう呟いた。


「タクトにしか頼めないことなの……。わ、私の胸を触って欲しいの」

 俺は耳を疑う。

「え?」

「あなたの両手で、私の胸を触って……いや、しっかりと揉んで確かめて欲しいのよ」

「……」


 頭が真っ白になってしまった。

 一体、このヒロインはなにを言い出したのだろうか……と。

 心臓の手術が終わったと思ったら、今度は頭の病気か?


「マ、マリア……。意味が分からない。どうして、俺がお前の胸を揉む……いや、触ることに繋がるんだ?」

「私ね……乳がんの疑いがあるのよ。だから、婚約者であるタクトに直接触ってもらって、“しこり”がないか、確かめて欲しいのよ」


 彼女の目つきは至って、真剣だ。

 ウソをついているようには見えない。

 確かに、乳がんを医者よりも先に発見するのは、パートナーだと噂は聞くが……。

 だからといって、何故俺が揉むんだ?


「いや……検査したら、どうだ? 普通に」

「絶対にイヤよ! 医者とは言え、他の男に乳房を見せて、触られるだなんて!」

「しかしだな……俺は素人だ。疑いがあるなら、尚更のこと、プロの医師に……」

 と言いかけたところで、マリアが大きな声で叫ぶ。

「イヤッ! じゃあ……こうしましょ。医者へ見せる前に、タクトが触診してくれる? それなら、まだ納得できるわ」

「えぇ……」

 

 言い方を変えただけで、俺が胸を揉むのは変わらないじゃん。

 マジでどうしちゃったの? マリアちゃんたら……。

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