第363話 付き合うか、付き合わないのか……ハッキリせんかい!


 マリアは鼻息を荒くして、宿敵であるアンナへ激しく問い詰める。


「いい機会だから、ここでハッキリさせてあげる! 私はタクトの婚約者なの! あなたって、小説のために契約したビジネスパートナーみたいなものでしょ!?」

「違うよ☆ タッくんとは運命的な出会いをした契約関係だよ☆」


 なにそれ……その表現だと、俺がパパ活している親父みたいじゃん。


「運命的な出会い? じゃ、じゃあ……恋愛関係に発展する可能性があるってこと!?」

「どうだろね☆」


 マリアは僅かだが、動揺していた。

 対するアンナと言えば、俺の手を自身の胸で浄化させたという……自身の欲求が満たされた事によって、安心したようだ。

 終始、ニコニコ笑ってマリアに対応する余裕っぷり。


「な、なんなのよ! その、タクトの全てを知り尽くしたような態度は……。ま、まさか! あなた達って……」

 碧い瞳を大きく見開き、アンナの顔を指差して震え出す。

「ん? タッくんとアンナがどうしたの?」

「き……キ、キッスをした関係じゃないわよね!?」


 それまで黙って、見ていた俺だが、思わず空中へと大量の唾を吹き出す。


「ブフーーーッ!」


 だって、ついこの前、ミハイルモードとはいえ、ガッツリとファーストキスを交わしてしまったからだ。

 マリアの勘だろうが……的をしっかり射抜かれた気分だ。

 胸が痛む。そして、息苦しい。


 気がつくと、俺の人差し指は自身の唇を撫でていた。

 一瞬だったが、あの時の感触を思い出したから。

 頬は一気に熱を帯びて、燃え上がる。

 心臓を打つ音がドクッドクッとうるさい。


 ふと、隣りに立っていたアンナに目をやると……。

 同様の仕草を取っていた。

 顔を真っ赤にさせて、小さなピンク色の唇を細い指で触っている。

 俺と目が合った瞬間に、酷く動揺した様子で、目がぐるぐると泳いでしまう。


 お互い、思うことは一致していたいようだ。


 すぐにまた視線を逸らして、地面を見つめたが……。

 俺たちの不自然な態度を、見逃さないマリアではなかった。


「な、なによ! その反応は!? まさか、もうキッスをした関係だっていうの!? 付き合ってもないのに?」

 ド正論だった。

 すかさず、俺が弁明に入る。

「いや……あの時のは、事故で……」

 しどろもどろに言い訳するから、更に墓穴を掘ってしまう。

「事故でも、キスはキスよ!」

「そ、そうじゃないんだ……。アンナとじゃなくて……ダチとしたって、こと?」

 自分で説明していてるくせに、なぜか疑問形。

 もちろん、そんな話じゃ納得してくれないマリアさん。


「意味が分からないのだけど? 全く不快だわ、あなた達の関係性が。ハッキリしなさいよ! 聞いているの? アンナ!」

 ビシッと人差し指を突き付けられたが、当の本人は“キス”という言葉に動揺しており、余裕が一切なくなってしまった。

 顔を真っ赤にさせて、地面をじーっと見つめる。

 この恥ずかしがる態度は、ミハイルに近い。

「え……? な、なんだっけ? マリアちゃん……」

「あなたに聞いているのよ! タクトとの関係性! キスまでしておいて、付き合ってないってどういうこと!? 遊びなら、タクトと別れて!」

 泣きながら怒るマリア。

 よっぽど、ファーストキスを奪われたのが、悲しかったのだろう。

 相手は男だから、カウントしなくてもいいのに。


 アンナと言えば、ずっと上の空だ。

「はぁ……。マリアちゃんは、アンナに一体なにをして欲しいの?」

「あなたに気安く、名前を呼ばれたくないわ。そうね……関係をハッキリして欲しいのよ。恋愛関係を望んでいるわけでもないくせに。私の婚約者をたぶらかす淫乱ブリブリ女!」


 酷い言い様だ。

 だが、ここまで人格を攻撃されても、アンナはポカーンと小さな口を開いていた。

 頭の中がキッスでいっぱいだからだろう。


「うん……だから、なにをハッキリするの?」

「あぁ! 本当に腹の立つ女ね! じゃあ、言うわよ。あなたとタクトは、あそこに並ぶラブホテルへ行きたいかって事よ! それぐらい彼を愛してるかってこと!」


 言われて、また俺とアンナは視線を合わせて、黙り込む。

 何故なら“一度”だが、行ったことはある、からだ。

 コスプレパーティーをしただけだが……。


「「……」」


 謎の沈黙が続く。

 それを見たマリアの怒りは、頂点に達した。


「なによ……なんで黙るの……。まさか! あなた達! 付き合ってもないくせに、ラブホテルへ行ったとでも言うの!?」


「「……」」


 これ以上、墓穴を掘りたくなかったので、俺たちは何も答えることはせず、沈黙を選んだ。

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