第358話 強すぎたヒロイン


 結局、上映が終了するまで、戻って来なかったマリア。

 仕方ないので、俺は彼女の飲みかけのドリンクと残ったポップコーンを持って、スクリーンから退場する。

 出口でスタッフが大きなゴミ箱を用意して、立っていたので、ゴミを手渡す。

 売店あたりを探しても、彼女の姿が見えない。


 本当にトイレで居眠りしているでのはないだろうか?


 俺は心配になり、女子トイレへと向かった。


 廊下を奥へと進むにつれて、なんだか人を多く感じる。

 何やら騒がしい。

 俺も人ごみを掻き分けて、前へと進む。



「やめてっ!」

「いいじゃないかぁ~」

「イヤだって言っているでしょ! 警察を呼ぶわよ!」

 なにやら言い争っている。

「フフ……ずっと探していたよ。ア・ン・ナちゃん♪」

 

 視線をやれば、スーツ姿のチビ、ハゲ、デブの中年オヤジが、マリアの白く細い腕を無理やり引っ張っている。

 キモッ! と叫びたいところだが、このオジさん……以前会ったことがあるな。


 そうだ。半年前、初めて“女装したアンナ”とデートした時、ハーフの女の子と勘違いして、痴漢した犯罪者だ。

 俺が後に警察へと突き出した、前科もちのオジさん。

 出所していたのか……。



「いい加減に離してくれる? 私はアンナじゃないわ。マリアよ」

 碧い瞳をギロッと光らせて、睨みつける。

「ウソだよぉ~ き、君みたいな可愛いハーフの天使ちゃんは、世界でひとりだけだよ~ おじさん、半年間アンナちゃんを探していたんだ。あの柔らかくて真っ白な太ももの感触。忘れられないよぉ♪」


 この人、ガチもんだ……早く治療した方が良いかも。


 しかしマリアを、“女装したアンナ”と見間違えても、仕方ないだろう。

 双子ってぐらい、そっくりの容姿だからな。


 当のマリアときたら、天敵であるアンナと間違えられ、小さな肩をブルブルと震わせて、怒りを露わにしていた。


「私が……あのブリブリ女と同じレベルだと言いたいの? すごく不快なのだけど」

 オジさんの腕を引っ叩く。

 叩いた瞬間、なんか骨が折れるような音が聞こえてきた……。


 もちろん、オジさんは悲鳴をあげる。

「い、痛いよ! なにするんだ、アンナちゃん。半年前の“デート”を忘れたのかい?」

 マリアは何を答えることもなく、右手に拳を作り、オジさんの顔面めがけて、ストレートパンチをお見舞い。

 鼻からキレイな赤い血を吹き出し、地面へと倒れ込むオジさん。

「ブヘッ!」


 これで終わりかと思ったが……マリアの怒りは止まることなく、オジさんの元へとゆっくり近づき。

 倒れているオジさんの胸ぐらを掴むと、軽々と左手で持ち上げ、動けないことをいいことに顔面へと拳を叩きつける。

 何度も、何度も……繰り返し。


「ねぇ、私の名前はなに?」

 冷たい声で問いかける。

「ブヘッ……あ、アンナちゃんです……グハッ!」

 その答えが、更に彼女をヒートアップさせる。

 オジさんの顔を殴りつけるスピードがどんどん速く、そして殴る力も強くなる。


「もう1回、言ってごらんなさい?」

 マリアの瞳からは輝きが失せ、ブルーサファイアというよりは、ブラックサファイアが正しい表現だ。

「あ、アンナちゃん……がはっ!」

 殴られ続けたオジさんの顔は、腫れ上がってもう原形がない。

 別人のようだ。


 なんて、バイオレンスな女子。

 タケちゃんの暴力描写より、酷いし怖い。


 このままでは、マリアが加害者になってしまうので、俺が止めに入る。


「おい! もう、その辺でいいんじゃないか?」

 彼女の小さな肩を掴むと、ゆっくりとこちらに視線を向けられた。

 顔は鬼のような険しい剣幕で、今にも殴りかかってきそう。

 怖すぎるっぴ!


「あら、タクト……」

 俺の顔を見た瞬間、彼女の瞳に輝きが戻る。

「マリア。そのおじさんは以前、痴漢を犯した前科もんだ。アンナの……ストーカーなんだ。許してやってくれ」

「ふぅん……そうだったの。まあタクトがそう言うなら、許してあげるわ。オジさん、覚えておきなさい。私の名前は、マリア。冷泉れいせん マリアよ」

 そう言って、地面に倒れているオジさん目掛けて、唾を吐く。

 もちろん、顔にだ。

「ヒッ! お、覚えました! マリア様ぁ!」

「それでいいのよ。今度、私に触れたら、また顔を変形させてあげるわ。この拳でね」


 よ、容赦ないなぁ……。

 見た目が同じでも、こういうところは全然違う。

 なんていうか、可愛げがない。

 守ってあげたくなるのは、例えあざとくても、アンナなのかもしれない。

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