第349話 ファーストキス


「んぐぐ……」

 

 どれだけ、時が経ったのだろうか。

 俺はミハイルの両肩を掴んだまま、目を見開き、その光景に驚いていた。

 というか、あまりの出来事に身体がビックリして動かない。


 一体、これからどうやって、離れたらいいんだ?


 ていうか、ミハイルの唇って……めっちゃやわらかい!

 プニプニしていて、気持ちが良い! 良すぎる!

 水まんじゅうのようなプルプル感。

 それに、唇が小さくて薄くて……女の子より、可愛らしい!



 いかん。興奮してきた。

 相手は男だというのに、初めてのキスで我を忘れているんだろう……きっと。

 股間がパンパンに膨れ上がってきたぞ。

 ダメだ!

 一線は越えてならん。

 がんばれ、俺の理性。



「ん……」


 ずっと閉じていたミハイルの瞼がゆっくりと開き。

 エメラルドグリーンの輝きが眼前に。


 彼とは長い付き合いだが、ここまで近い距離で見つめあったことはない。

 この間も、お互いの唇は重なったままだ。


「んん!?」


 唇を塞がれたまま、ミハイルは正気を取り戻したようだ。

 その後の彼は早かった。


 眉をしかめたと同時に、俺から身を離し、勢いよく頭突き。


「ふぎゃっ!」


 俺は鼻から大量の血を吹き出しながら、ベッドへと急降下。

 右手で鼻を抑えながら、彼へと必死に訴えかける。


「ち、違うんだ。ミハイル! これはその……事故で」

 だが、そんなことを信じてくれることもなく。

「な、なんで……タクトがオレん家にいるんだよ! 今日はスクリーングだろ!」

 顔を真っ赤にさせて、激怒する。

 でもちょっと、涙目。

 そりゃそうだよな……ファーストキスが、俺だもん。


 身体をプルプルと震わせて、泣いて叫ぶ。

「オレの部屋から出ていけ! この変態タクト!」

 ビシッと扉の方向を指差したので、俺は「はい」と素直に従う。

 鼻血をポタポタと床に垂らしながら……。


  ※


 一時間ぐらい経ったのだろうか。

 彼の自室から叩き出された俺は、扉の前で座り込んでいた。

 近くにあったティッシュを使って、両方の穴を塞ぎながら。

 扉の向こう側……部屋の中は静かだった。

 ミハイルはあれから、叫ぶこともなく。

 眠っているんじゃないか、ってぐらい何も音が聞こえてこない。


 気になった俺は、扉をノックしてみる。

「ミハイル? 寝ているのか? さっきのことは……本当に事故だったんだよ」

「……」

 相手から答えはないが、とりあえず理由を説明しておく。

「今日、お前がスクリーングを休むって言うから、心配で……。ただそれだけで、お前の家に来たんだ」

「……え? オレのことが?」

 扉の向こうから、微かだが小さな声が聞こえてきた。


「ああ。そうだ……ダチのお前が休むって知ったら、心配でたまらなくて……それで俺も休んじまった」

「……そ、そうだったんだ」

「さっきの……口のやつは、なかったことにしてくれ。看病しようとしたら、ミハイルが頭痛で暴れてな。それを抑えようとしたら……」


 話の途中で、扉がゆっくりと開く。

 恥ずかしそうにルームウェアの裾を掴んで、顔を赤らめている。

 視線はずっと床のまま。


 どうやら、許してくれたようだ。


「もう……いいよ。タクトがオレのために、学校まで休んでくれたんだよね?」

「ああ。お前がいないと、なんか行きたくない……って思った」


 俺が素直にそう答えると、彼に笑顔が戻る。


「仕方ないな。タクトはオレしか、ダチがいないもん☆」


 ところで、俺のファーストキッスって、カウントされないよね?

 相手は男だし……。

 大丈夫、まだこの唇は、誰の物でもないはず。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る