第348話 キスの味ですか? グロスですよ


 人格がアンナへと入れ替わってしまったミハイル。

 未だに「ふふふ」と優しく微笑んで、俺の身体に跨る。

 本当の意味で、マウントを取られてしまったのだ。


 俺は微動だに、できずにいた。

 もちろん、彼の身体はそこら辺の女より軽いが、馬鹿力だから、ひ弱な俺ではミハイルを下ろすとことはできない。


「タッくんのわる~い記憶を消そうか☆」

「え、どうやって?」


 もしかして、殴られるの?

 イヤだぁ!


「えっと……こうすると、消えるかなぁ」


 そう言うと、ミハイルは小さな手で俺の頬に触れる。

 いや、正しくは両手でギュッと力いっぱい挟む。

 自ずと、俺の頬は前へと膨らみ、唇は飛び出てしまう。


「ば、ばの……だ、だにをずるんだ?」

(あ、あの……な、なにをするんだ?)


 彼は何も答えることはなく、自身の顔をゆっくりと俺へ近づける。

 エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせて。

 心なしか、眠たそうな目に見える。

 きっと、高熱のせいだろう。


 お互いの額がくっつく。

 ミハイルのおでこは、火傷するほどの高い体温だ。

 しかし、彼は嬉しそうに笑っていた。


「ふふふ。おでこが、ごっつんこしたね☆ ひなたちゃんのこと、消えるかな?」

「おごご……」

 答えたいのだが頬を両手でガッチリ挟まれて、ちゃんと言葉に出来ない。


 気がつけば、美しい緑の瞳は、僅か1センチほどの至近距離だ。

 額だけではなく、鼻の頭もくっついてしまう。


 こ、このままでは……まずい!

 今のミハイルは、正気じゃないんだ。

 どうにかして、彼の熱を冷まさないと……。



 俺が一人考え込んでいる間、ミハイルは構わず、じっと見つめる。


「ふふふ……もう、タッくんは誰にも渡さないよ☆ ひなたちゃんにも、あのマリアちゃんっていう子にもね☆」

「ダンナ……」

 

 あ、アンナって言ったんだけどね。

 まさか、ここまで引きずっていたとは……。

 配慮が足りていなかったのかな。


 と、思ったその時だった。

 突如として、ミハイルが頭を抱えて叫び出す。


「あああ! 頭が痛い!」

 口が自由になった俺は、彼に声をかける。

「ミハイル! 正気に戻ったのか!?」

「痛いよぉ~! イヤだ、イヤだぁ!」


 こめかみ辺りを両手で押さえて、頭を左右にブンブンと振る。

 よっぽどの激痛らしい。

 泣きながら、叫んでいる。



「お、おい。ミハイル……とりあえず、俺から下りて……」

 そう俺が言いかけた瞬間、プツンと彼の声が途絶えた。

「……」


 あまりの激痛に、意識を失ったようで、瞼を閉じて身体を左右に揺らせている。

 今にも倒れそうだ。

 危険だと感じた俺は、咄嗟に身を起こす。


 ミハイルの小さな肩を掴んで、ケガをしないように守る……つもりだった。


 下へ倒れる彼と、上へ身体を起こす俺。

 うまく両肩をキャッチしたと思った……。


 でも、意外な所も掴んでしまったのだ。

 それは……。


「んぐ」


 熱を帯びたミハイルの小さな唇。

 事故とはいえ、大の男同士がキッスを交わしてしまった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る