第345話 たまにはシリアスな回もあっていいじゃない


 やってしまった。

 勢いとはいえ、初めてスクリーングを自らの意思で休むとは……。


 俺は小倉行きの電車へと乗り込み、ミハイルの住む席内むしろうち駅へと向かった。

 彼の住む街に来るのは、随分と久しぶりに感じる。


 急いで商店街を走り抜け、目的地であるパティスリーKOGAの前で立ち止まる。

 まだ朝が早い事もあってか、店内には客が一人もいなかった。

 店の扉を開くと、ベルの音が鳴る。


 その音に気がついた店主が、笑顔でお出迎え。


「いらっしゃいませ~」


 コックコートに身を包んだ一人の女性が、カウンター越しに立っていた。

 長い金色の髪は、首元で1つに結い、左肩に下ろしている。

 2つの瞳はエメラルドグリーン。

 一見すると、ハーフの美人なのだが……。


 客が俺と見るや否や。

「チッ……なんだ、坊主か」

 と吐き捨てる始末。



 いつもなら、その塩対応に困惑するが。

 今はそれどころじゃない。

 早く彼の安否を知りたくて、仕方ないんだ。


「あ、あの! ヴィッキーちゃん! み、ミハイルは……あいつは今どういう状態なんですか! 病院へ連れて行かなくても、大丈夫なんすか!」

 いきなり、マシンガンのように言葉を連発したせいか、ミハイルの姉は驚いていた。

「な、なんだ急に……。ミーシャなら二階で寝てるよ。ていうか、坊主こそ学校はどうした?」

「俺のことなんて、どうでもいいです! 早くミハイルに会わせてください!」

「お、おお……」


 強い俺の想いにヴィクトリアは、圧されてしまったようで。

 自宅である二階へと案内してくれた。


 玄関の鍵を開けたあと、彼女は「まだ店があるから」と仕事に戻っていった。

 別れ際にミハイルの状態を軽く説明されたが。

 

 一週間前ぐらいまえに、一晩中どこかを徘徊したので、きつく説教したら。

 次の日から高熱を出して、寝込むようになったとか。

 病院にも連れていったが医師からは「身体を冷やしすぎただけ」とのこと。


 その説明を聞いて、俺は罪悪感でいっぱいだった。


 だが、自分のことより、早く彼の元へと駆けつけたいという、想いの方が強い。

 心配だし、あいつの顔を見るまで安心できない。


 唾を飲み込んで、決心し、玄関の扉を開く。


 家の中に入ると何故か甘い香りが漂っていた。

 きっと他人の家だから、玄関の芳香剤か、使用している洗剤とかの違いからだろう。

 女子の家って感じ。


 靴を脱いで、ゆっくりと廊下を歩く。

 あまりうるさくすると、彼が起きてしまうと思ったから。

 スタジオデブリやネッキーの可愛らしいポスターで、左右は埋め尽くされている。


 廊下を抜けると広いリビングがあり、左右に部屋がある。

 各部屋の扉には、可愛らしいネームプレートが飾ってあり。

 右側は『ヴィッキーちゃんの部屋』反対側に『ミハイル☆』と書いてある。


 俺は、彼の部屋の前で立ち止まる。

 一応ノックだけはしてみた。


「ミハイル? 俺だ。入ってもいいか?」

「……」


 反応がない。

 やはり寝ているのだろう。


 仕方ないので、ゆっくりとドアノブを回す。


 部屋に入った瞬間、俺は言葉を失った。

 ベッドの上で、一人身体を丸めて、寝込む彼の姿を見たからだ。

 いつもの元気な彼ならば、白くて透き通るような肌を、見せてくれるが……。

 高熱のせいか、赤色に染まっている。

 息は荒く、終始「う~ん」と唸っている。


 その場にリュックサックを投げ捨て、彼の元へと駆けつける。


「み、ミハイル! 大丈夫か!?」

 俺が必死に話しかけても、彼の耳には届かない。

 多分、高熱のせいだ。

「ううん……」

「……ミハイル」


 俺はせめてもの罪滅ぼし。

 いや、自分が安心したかったからか。

 彼の小さな細い手をギュッと掴んで、自分の額に当てた。

 高温だとすぐに分かった。


 気がつくと、目頭が熱くなり、頬を涙が伝うのを感じた。


「わ、悪い……俺のせいで、学校を休ませて。お前にこんな辛い思いさせちまって……」


 自分でも、何故こんなに彼のことを心配するのか、分からなかった。

 高々、学校を休んだぐらい。熱が出たぐらい。

 別にミハイルが死ぬってわけじゃないのに……。

 

 今はとにかく、こいつのそばにいてあげたい。

 それしか、思いつかないんだ。

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