第344話 消えたミハイル


 白金に言われて、しばらく俺は自室に缶詰状態。

 新聞配達と勉強の時以外は、執筆活動を続ける。

 目が乾くし、肩もバキバキ。


 何故なら、1週間で約20万字を用意しろと言われたからだ。

 編集長の意向で、2巻と3巻を同時発売したいと業務命令が下されたため。

 俺は毎日、死ぬ気で書き続けた。



 2巻は、ひなたと博多で遭遇し、成り行きでラブホに突入。

 それを知ったアンナが、怒ってラブホでにゃんにゃん、コスプレパーティ。

 3巻はただの腐女子パート。

 おまけ感覚。


 

 夜明けに書き上げた原稿をパソコンからメールにて、博多社へ送信。


 あっという間の一週間だった。

 ふと、カレンダーを見れば、今日は日曜日。

 スクリーングの日だった。


 寝不足だが、仕方ないので軽く朝食を済ませて、小倉行きの電車へと乗る。

 

  ※


 席内むしろうち駅についた。

 だが、俺が予想していた光景とは違い、自動ドアのプシューという音だけが鳴って、扉は閉まってしまう。

 “彼”が乗ってこない。


 ひょっとして、遅刻か?

 いや、あの性格だ。ありえない。

 

 とりあえず、俺は目的地である赤井駅に列車がたどり着くのを待った。

 赤井駅について、しばらくホームで彼を待っていたが、どの列車にも乗っていなかった。

 諦めて、一ツ橋高校へと先に向かうことにした。


 心臓破りの地獄ロードを越えると、一人の女性が立っていた。

 オフホワイトのジャケットに、同色のタイトスカート。

 これだけ見れば、ただの女教師って感じだが。

 ジャケットの中が問題だ。

 ワインカラーのチューブトップを着用しており、そこからはみ出る2つのマスクメロン。

 そして、タイトスカートも超ミニ丈。

 おまけに足もとは、ピンヒール。


 どこの立ちんぼガールですか?

 はい、宗像 蘭先生です。


「お! 新宮じゃないか! ちゃんと登校して偉いぞ!」

「なんだ……宗像先生か」

 一瞬ミハイルだと思ったから、落胆してしまう。

「宗像先生か……とはなんだ? この蘭ちゃん先生がいないと学校が回らんだろう」

 いや、お前がいなくても大丈夫。

 むしろ、いなくなれ。


「そういう意味じゃなくて……ですね。あの、ミハイル。古賀は来てないんですか?」

 俺がそう言うと、宗像先生は目を丸くする。

「ああ、古賀な。熱が出て大変らしいな」

 当たり前のようにいうから、俺は声を大にして叫ぶ。

「えぇ!?」

「ん? 新宮は聞いてなかったのか? 一週間ぐらい前から寝込んでいるって聞いたぞ。ヴィクトリアからな」

 一瞬にして、状況を理解した。

 

 俺のせいだ……。

 先週、ひなたと梶木で泊りがけの取材をしたから。

 あの時、アンナは心配して、マンションの前でずっと俺を一晩中待っていた。

 朝に彼女を見つけた時。ガタガタ震えていたもんな。

 きっと、あの日のことで、風邪を引いたのだろう。



「……」

 罪悪感で胸が押し潰されそうになる。

 俺が黙り込んでいると。


「どうした? そんなに心配か? ヴィクトリアが言うには、高熱が続いているのに。学校に行くって、ふらつきながら家を出ようとしたから、止めるのに大変だったらしいな」

「え……ミハイルがですか」

 彼なら、やりかねない行動だ。

「ま、『高熱でも学校に来い』とは、先生なら言えんからな。ちゃんと静養しておくように伝えておいたぞ。新宮も寒くなったから、風邪には気をつけろよ、だぁはははっははは!」

「……」

 いつもなら、この下品な笑い声を聞いて、ツッコミを入れるところだが。


 そんなことよりも、彼の身が心配だ。

 しばらく、地面を見下ろして考え込む。


 俺のせいで。アンナ……いや、ミハイルが身体を壊したって言うのなら。

 それなのに……俺だけ登校してもいいのか?

 スクリーングは最低でも4回ぐらい、通学しないと単位がもらえないって聞いた。


 なら……ダチの俺は。



 パン! と自身の頬を両手で叩く。

「よし。決めた」


 その力強い音に驚く宗像先生。


「ど、どうしたんだ? 急に?」

「宗像先生! 俺、今日。休みます!」

「え……?」

「俺も高熱なんで、帰ります! 欠席扱いで良いっす!」


 そう言うと、俺は先生に背中を見せて、勢いよく坂道を駆け下りる。


 待っていろ。ミハイル。


 背後から宗像先生の叫び声が聞こえてきたが、俺の身体には響かない。

 頭の中は、苦しむあいつの姿でいっぱいだったから。

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