第342話 人前でしっかり食べてくれるカノジョの方が可愛い


 やっとのことで、アンナの誤解は解けた。

 しかし、俺も彼女に対して、思うことがある。

 それは一晩中マンションの前で、俺を待っていた事だ。



 梶木浜から離れて、キラキラ商店街を歩きながら、アンナに話しかける。


「なぁ。アンナの気持ちも分からないわけでもないが……俺は結構怒ってるぞ」

 そう言うと、彼女は「えっ……」と少し怯んでしまう。

「お前みたいな可愛い女の子が、一晩中あんな所で、座り込むなんて……」

 あれ、俺ってこいつのことを女の子扱いしてない?

「ごめん……」

 しゅんと縮こまるアンナ。

「俺が連絡出来なかったから、心配だったのも分かるが。今後こういうことをするなら、もうアンナと取材を続行できなくなる」

「そんなぁ……」

 涙目で俺を見つめる。

 そんな上目遣いで、可愛い顔してもダメです。

 ちょっと、チューしたいけど。


「アンナ。俺のためとはいえ、こんな危険なことはやめて欲しい。大事な取材対象なんだから」

「うん……やっぱり、優しいね。タッくんって☆ そういう所がスキかな」

 ん? 今、サラッと告白された?

 人格のことを言ってるだけだよね……。



 聞けば、アンナは昨日から何も食べてないと言う。

 余りにも不憫だったので、商店街を抜けて、セピア通りに入った頃。


 一軒の店から良い香りが漂ってきた。

 博多ではソウルフードとして、有名な『もっちゃん万十』だ。


 たい焼きみたいなもので。

 安価で買えるから、若い学生たちが学校帰りに買って、駅のホームで食べているのをよく見かける。



「アンナ。あれを食べて行くか? 腹空いたろ」

「うん☆」


 店に入って、俺は定番のハムエッグを1つ注文した。

 アンナはこの店に初めて来たらしく、メニューを見ながら迷っていた。


「いっぱいあるから、迷う~☆」


 俺は昨日から何1つ口にしていない彼女が、可哀そうだったので。

「好きなものを頼め。俺のおごりだ」と言った。

 最初は断られたが、自分の気が済まないと強く主張したら、折れてくれた。


 かなり迷ったあとに、アンナは「うん、決めた」と頷き、店主に注文する。


「すいません☆ ハムエッグと“とんとん”。むっちゃんバーガーにウインナー。あとツナサラダ。黒あんと白あん。カスタードクリーム。“ごろごろちゃん”を下さい☆」

「あいよ!」

 隣りにいた俺それを聞いて、ずっこけてしまった。

 店のメニュー、全部じゃねーか!

 迷う必要性あったのかよ……。



 小さな敷地だが、テーブルがあったので、そこで食べることにした。


「う~ん☆ おいし~☆」

 饅頭からはみ出るクリームを指ですくうアンナ。

 小さなピンク色の舌でペロッと舐めて見せる。

 やっと、彼女に笑顔が戻って、一安心。


「おいしいね☆ タッくん☆」

 彼女の笑顔を見ていると、なんだか疲れが吹っ飛ぶ。

 エメラルドグリーンの瞳が何よりも輝いて見える。

「ああ……うまいな」

 大食いの女子だけど、なんだか誰よりも一緒に食事を楽しめる。


 でも、今食べてるの30個目なんだよね。

 ちゃんと経費で落ちるかな……。

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