第336話 彼女の父親に「お父さん」って言うと怒られるよ


 しばらく、俺とひなたはリビングでたくさんの犬たちと戯れていた。

 飼い主以外の人間が、この家に現れたのは、初めてらしく。

 最初は警戒していたが、俺とひなたが雑談する姿を見て、安心したようで。

 10分後には、膝の上に何匹も座り込み、寝だす犬までいやがる。

 ま、可愛いから許すが。



 そうこうしているうち、廊下の奥から何やら物音が聞こえた。

 誰かが家に入ってきたようだ。


 初老の男が一人、俺の前に立つ。

 黒い髪は全てポマードでオールバックにしており、太い眉と口ひげが特徴的だ。

 着ているスーツも恐らく、ブランド物。

 身なりからして、相当なやり手のビジネスマンと言ったところか。


 鋭い目つきで、上から俺を睨んでいる。

 恐怖から敬語で挨拶してしまう。

「こ、こんにちは……お邪魔しています」

「君はひなたの、なんだね?」


 ドスの聞いた低い声で、問われた。


「え……あ、あの学校の……友達ですが?」

 俺がそう答えると、「フン」と言ってリビングから去って行った。


 謎のおっさんに脅える俺を見て、隣りにいたひなたが、クスクス笑う。


「センパイ。なに緊張しているんですか?」

「え……あの人、怖すぎだろ。誰だ?」

「私のパパですよ♪」

「マジか……お前のお父さんって、ヤクザじゃないよな? インテリ系の」

 ひなたは腹を抱えて笑う。

「ハッハハ! 違いますよぉ。ただの社長ですって!」

「……」


 こいつ、今ただの社長って言ったよな?

 ただの社長が、こんな高級マンションに住めるのか。

 めっちゃ金持ちなんだろな。


  ※


 今日が日曜日だから、普段忙しい両親は自宅に帰ってきたらしく。

 昼ご飯を頂くことになった。


 4人掛けのテーブルに、俺とひなたは並んで座る。

 奥のシステムキッチンで、ひなたママが一生懸命、料理を作っていた。

 

 テーブルに次々と並べられる豪華なメニュー。


 カルパッチョ、パスタにピッツァ。それから、アクアパッツァ。

 と横文字をスラスラと紹介してくれるひなた。

 言っていて、舌嚙まないの?


 俺が自宅へ遊びに来たことが、よっぽど嬉しかったようで、ひなたは終始、ご機嫌だった。


「新宮センパイ! いっぱい、食べて行ってくださいね♪」

「おお……でも、なんだか悪いな。せっかくの家族団らんな時間を奪っているようで……」

 と視線を前に向ける。

 さっきから、ずっと熱いまなざしを向けられているからな……。

 ひなたパパだ。

 スーツから、ルームウェアに着替えたとはいえ、ダンディな顔つきは変わらない。

 ギロッと鋭い目つきで、俺の顔を睨んでいる。

 テーブルの上に肘をつき、指を組む。


「……」


 黙って、俺とひなたの会話を聞いているようだ。

 超、怖い。

 あれじゃないか? 初めて娘が男を自宅に連れてきたので、怒っている典型的なお父さんの。


  ※


「センパ~イ、パスタのソースが口についてますよぉ~」

「へ?」

「もう~ お子ちゃまなんだからぁ」

 言いながらも、嬉しそうにハンカチで俺の口もとを拭いてくれる神対応。

 しかし、目の前にいるパパさんは別だ。

 眉間に皺を寄せ、身体をブルブルと震わせている。

 手に持っていたフォークとナイフがテーブルに落ちるほどだ。


 ママさんが俺とひなたのやり取りを見て、優しく微笑む。


「あらぁ~ ひなたがこんな女の子らしいことするなんてねぇ。よっぽど新宮くんのことが気になるのねぇ、ふふふ。ねぇ、あなた」

 と話をパパさんに振る。

「……」

 何も答えてくれない。


 その手に持っているナイフで、俺は刺されるの?


「もう! ママぁ~ やめてよぉ! 私だって、女の子なんだからぁ!」

 頬を膨らませて、恥じらうひなた。

 だが、そんなことよりも、顔面を真っ赤にして、興奮気味のパパさんが気になる。


「ふぅ……ふぅ……」


 絶対、怒っているだろ。


 気がつけば、恋人同士ってぐらい、俺とパパは見つめあっていた。

 正しく表現するのなら、恐怖で目が離せないだけなのだが。


「あ、あの……パパさん?」

 俺がそう言うと、何を思ったのか。

 テーブルの上にあったグラスを手に持ち、「乾杯しないか」と言う。

 その提案に乗っかって、俺もオレンジジュースが入ったグラスを宙に掲げる。


 しかし、グラスが重なることはなく。

 代わりに紫の液体が、俺の顔面へと直撃。

 香りからして、アルコール。

 ワインだな。


「おっと……すまんな。新宮くん」

 謝ってはいるが、絶対わざとだろ。

 クソ。お気に入りのタケちゃんTシャツが、ワインで汚れちまった。


 すぐにひなたとママさんが、タオルを持ってきたりしてくれたが。

 ワインをぶっかけた本人は微動だにせず、じっと俺の汚れた顔を睨んでいた。


「新宮くん。すまないことをしたね。その格好じゃ帰ることはできないだろう。洗濯してあげるから、お風呂に入りなさい。私とね……」

「えぇ……」

 俺、風呂の中に沈められるのかな。

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