第335話 もふもふ~


 俺とひなたはエレベーターに乗り込む。

 彼女は鼻歌交じりで、一番上のボタンを押した。

 つまり、このマンションの最上階という事だ。

 それだけ値段もお高いんでしょうねぇ……。


 ポンッ! と音を立てて、目的地である階に着く。


 驚いたことに、このフロアは一軒しか存在しない。

 エレベーターの扉が開いたら、すぐに表札が見えた。

 開いた口が塞がらない俺を放って、ひなたは玄関の前に立つ。

 ドアの持ち手を、人差し指で軽く触れてみる。

 すると、あら不思議。簡単にドアの鍵が開いた。


「な、なにが起きたんだ!?」

「え? 玄関ってこうして開けるでしょ」

「そんなわけあるか!? 鍵を使って開けるだろ!」

 俺がそう指摘すると、ひなたは少し考えこんだ後。

 手のひらを叩いて、何かを思い出す。

「ああ、これのことですか?」

 そう言って、俺の前に差し出したのは、小さな端末だ。

「なんだ……これは」

「うち、ハンズフリーなんで、これさえあれば。家に入れるんですよ♪」

「……」


 圧倒的な格差!

 俺もこの家に住みたいよぉ……。


  ※


 ひなたの家は、予想以上に広かった。

 玄関から廊下を抜けると、異常なほどにだだっ広いリビングがお出迎え。

 キッチンも最新のシステムキッチンだし、ふかふかのソファーがあるし。

 本当にお嬢様なのね。


 俺が自身の貧困レベルを再度確認できたところで、部屋の奥からタタッと足音が近づいてきた。


「ワンワンッ!」


 大きな犬種だ。

 ゴルーデンレトリバーか?


 飼い主であるひなたへ、猛突進。

 ちょうど、彼女の股間あたりに顔を埋める。


「ハハハッ! ピエール、元気にしてた?」


 嬉しそうに、犬の頭を撫でるひなた。

 このピエールってのが、彼女の言うペットか……。

 なるほど、確かに見ていて、可愛いな。


 だが、次の瞬間。

 更に部屋の奥から、無数の鳴き声と共に、フローリングを激しく蹴る音が聞こえてきた。


「うおっ!」


 現れたのは、10匹ほどの様々な犬種。

 大型犬から小型犬まで。

 あっという間に、リビングは犬で埋め尽くされてしまう。


 ひなたを中心にして、皆おすわりする。

「へっへっ」

 と舌を出して、飼い主の帰宅を喜んでいた。


 なんか俺は、疎外感を感じて、数歩後退りする。


「ジャン、ミシェル。ロバートにジョン。トミーとケヴィン。アンソニーもビルもショーン。ただいま~!」


 よくそれだけ、名前をつけたな。

 てか、オスしかいないのか。

 メスがいなくて、発情期が大変そう。

 ん……でも、最後の一匹は?


「それに、敏郎としろう!」


 俺は思わず、その場でずっこけてしまった。

 なんで、最後の子だけ渋い日本名なんだよ……。

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