第319話 パパとママには内緒だよ♪


 館内からブーッ! と音が鳴り、上映開始のお知らせが流れる。

 周りに座っていた幼女達は、今か今かとざわつき始めていた。

 本来なら、上映中は私語厳禁というのがマナーだというものだが……。

 相手が幼い子供だから、そのルールは通用しない。

 だって下手したら、オムツが取れない妹……というか、赤ちゃんも一緒だからだ。


 暗くなって怖がる子までいる。

「うわーん、ママぁ~」

「はいはい。ボリキュア、始まるからねぇ~」

 とお母さんも育児で大変。

 休日だってのに、お疲れ様です……。



 何なんだ……。この映画館らしくない雰囲気は?

 全然、集中できんぞ。

 まあ俺はしなくてもいいか。

 ふと、隣りのアンナを見れば。

「ボリッキュア♪ ボリッキュア♪」

 興奮しているようで、自然と身体が前のめりになっていた。


 うわっ。この劇場の精神年齢。みんな、変わらないね……。


  ※


 本編が始まる前に、公開予定の予告が流れ始めた。

 俺はいつものことだと、黙って観ていたが、周囲からブーイングが聞こえてきた。


「なにこれぇ~ ボリキュアは?」

「いやだぁ、なにこれぇ! おとなのえいが、ぎらい~!」

「おかしいわね……いつもなら、すぐボリキュア始まるのに」


 なんて、辺りから不満の声が漏れてくる。


 一体何がおかしいんだ?

 映画本編の前に流れる予告ってのは普通のことだろ。

 俺は首を傾げながら、スクリーンに映し出された作品をボーっと眺める。

 どうやら、邦画のようだ。



 繫華街には似合わない少年と少女がベンチに座っていた。

 オレンジ色の夕陽をバックにして、大きな川の前でお互い見つめあう。

『私……怖いの。心臓の手術がっ!』

 金髪のハーフ美少女が涙を流して、少年に訴えかける。

『そうか。ならば、約束をしよう。手術の成功率が半々なら……俺の人生を半分くれてやる!』

『嬉しい……』


 あれ? なに、このデジャブ。

 どっかで見たような光景だな……。


 

 そこから映像は変わり、ナレーションが入る。


『命を掛けて渡米した少女。大好きだった幼馴染のために結婚を約束した少年。時だけが残酷に過ぎていく……』


 次に映し出されたのは、どうやら成長した主人公とヒロインだ。


『お前、誰だ?』

『はぁ……あなたの記憶力。本当に悪いわね』


 更に次のシーンへと映像は変わり……。


『ねぇ、そんなに記憶が戻らないのなら、これでどう?』

 何を思ったのか、ヒロインの女優は主人公役の男の右手を掴む。

 そして、自身の胸を半ば強制的に揉ませる。

『マ……マリ子。お前、マリ子なのか?』

『タクヤ! 思い出してくれたのね! ああ、良かった!』


 その後、抱きしめ合う二人。

 記憶を取り戻した主人公はヒロインと唇を重ねて、こう呟く。


『結婚しよう』

『うん』


 そして、再度ナレーションが入る。


『10年ぶりに再会した少年少女……幼き日の約束を叶えるため、大人になった少年は少女のために、全てを差し出すのであった。いや、結婚しないと人間としてクズ野郎だった……』


 俺は飲んでいたコーヒーを思わず吹き出す。


「ブフーッ!」


 なんだこの作品は……ついこの前の俺とマリアの出来事じゃないか。

 一体誰が撮った映画だよ。



『この冬。福岡を舞台にしたラブストーリーがあなたの胸を暖かくする……クリスマスイブに是非パートナーと一緒にご覧ください。映画、“10年越しの恋”12月11日公開!』



「……」

 俺は生きた心地がしなかった。

 だって、あまりにも似ていたから……。

 隣りにいたアンナに目をやると。


「なにこれ……ボリキュアの世界が壊れちゃうんだけど」

 と眉間に皺を寄せて、スクリーンを睨みつける。


 

 辺りの親御さんも純愛ものとはいえ、幼い子供にパイ揉みの映像を見せつけられて、大ブーイング。


「なによ、これ!?」

「責任者を呼びたまえ!」


 騒ぎに気がついたのか、館内に慌てて一人のスタッフが入ってくる。

「大変申し訳ございません! フィルムを間違えて放映してしまいました!」

 それでも親御さんの怒りはおさまらなかった。

 だから、救済措置として、スタッフがこう提案した。

「お詫びに今日のチケット代はご返金させていただきます」

 スタッフの計らいにより、ようやく大人たちは納得する。



 だが、一人の大人……いや彼女だけは納得していなかった。

 俺の隣りにいる金髪ハーフ美少女だ。

「許せない……ボリキュアが汚れちゃったじゃない!」

 その瞳は、キラキラと輝くグリーンアイズというよりは、真っ赤に燃える地獄の業火に見える。怒りを堪えるのに苦しんでいるようで、膝の上で拳を作って、プルプルと肩を震わせていた。

「……」

 とりあえず、俺は黙ってボリキュアが始まるのを待つことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る