第三十七章 男の娘を泣かせるな

第317話 大根役者


 翌週の日曜日にカナルシティで映画を観ることになった。

 思えば、アンナと初めてデートした場所だ。感慨深い。

 しかし……観る作品が『ロケッとボリキュア☆ふたりはボリキュア オールスターズ』


 博多行きの列車をホームで待ちながら、スマホで作品情報を確認しているが、マジでこれを大の男同士で観るのか……。

 あくまでも取材として行くのだけど、経費として落ちるのか不安だ。


 そうこうしているうちに、列車がホームへと到着。

 自動ドアがプシューッと音を立てて、開く。

 スマホをポケットになおして、車内に入る。


 スニーカーを車内に踏み入れた瞬間、そこは別世界。

 甘い香りが漂い、空気が優しく感じる。

 ただの電車だというのに。

 それを変えてしまったのは、一人の少女。


 金色の長い髪を耳上で左右に分け、ツインテール。

 ふんわりとしたピンクのブラウスには、胸元に大きなリボンがついている。

 ハイウエストのフレアスカートを履いているが、細い体型のため、少し裾が下に落ちている。

 足もとはピンクのローファー。


 天使だ……。

 余りの可愛さに俺は言葉を失う。

 すると、それを見兼ねた彼女が苦笑いする。


「も~う。タッくんったら、無視しないでよ」

「あぁ……すまん。久しぶりにアンナを見たせいかな……似合っているよ、それ」

 つい本音が漏れてしまう。

「え? この服のこと? 嬉しい☆」

 なんて、はにかんで見せる彼女を、俺はどうしても男して認識できない。

 女の子として対応してしまう。


  ※


 博多駅について、辺りを見回すが、いつもより人が少ないことに気がつく。

 今日が日曜日だから、サラリーマンとかOLがいないのは、分かっていたつもりだが。

 若者やカップルが遊びに来るから、いつもならごった返しているはずなのに……。

 ふと、近くにあった壁時計に目をやる。

『8:12』

 そうだった。アホみたいに早く博多へ来たんだった。

 だから、若者もまだ自宅にいるのだろう。


 アンナが昨晩、L●NEで一通のメッセージを送ってきたのだ。

『明日は朝一番のボリキュア見ようね! だから、朝ご飯も食べないで行こ☆』

 と勝手に決めつけられた。

 だから、彼女の指示通り、俺は朝飯抜きで、列車に乗り込んだ。


「お腹空いたねぇ~ タッくん」

「ああ……さすがにな」

 ていうか、お前がボリキュアのために抜かせたんだろ!

「もうちょっと、我慢しようね。映画があと30分ぐらいで始まっちゃうから。ボリキュアの」

 なんて俺の肩に優しく触れる。

 ふざけるな。

 その話しぶりだと、他人に俺がボリキュアを観たいから、飯抜きで早く行こうってせがんでいるみたいじゃないか!


 結局、アンナが早く映画を観たいからと、そのまま、はかた駅前通りへと向かう。

 早歩きで。

 空腹なのに、走らせるこの状況。苦行でしかない。



 カナルシティに着いても、アンナは慌ててエスカレーターを登っていく始末。

 速すぎて追いついていけないほどだ。

 まあ、エスカレーターの下から、彼女のスカートを覗けるから嬉しいけど。


 やっとのことで4階の映画館にたどり着くと、アンナはチケット売り場のお姉さんに声をかける。

「ボリキュア、大人二枚ください☆」

 なんか幼女向けの作品名に対して、大人ってのが辛い。

 俺は恥ずかしくて、少し離れた場所で彼女の背中を見守る。

 チケットを受け取ったアンナは、なぜかその場で立ち止まっていた。


 不思議に思った俺は、彼女に声をかける。

「どうした? アンナ。もうチケットは買えたんだろ?」

「あのね。おかしいの……」

 そう言って唇を尖がらせる。

「おかしい? なんのことだ?」

「ボリキュアのスターペンライトがついてないの」

 ファッ!?

 あれが欲しいのか……。

 ていうか、お子様しかもらえないのでは。


 近くにいた売り場のお姉さんが、苦笑いでアンナに説明する。

「あのぅ、お客様。大人の方には特典のペンライトを配布できないんです。申し訳ございません」

 と頭を下げる。

 だが、アンナはそれに屈することはない。

「えぇ……お金払ったのに、おかしいよぉ~」

 おかしいのは、あなたの感覚!

「アンナ。あくまでも子供用のおもちゃだからな。ここはちょっと我慢してくれないか?」

 そう言うと、ギロッと俺を睨みつける。

「イヤッ! あれがないと映画が楽しくないの!」

「……」

 このままでは埒が明かない。

 後ろにもたくさんの家族連れが待っている。

 仕方ない。俺が一役買ってやるか。



 ゆっくりとチケット売り場のお姉さんに近くと、俺は大きな声で叫び出した。

 床に寝転がり、手足をバタバタさせて。

「イヤだっ、イヤだぁ~! ペンライトないとイヤだぁ~! アンナお姉ちゃんと遊べない~! タッくん、あれがないと眠れないの~! くれないとイヤだぁ!」

 ついでに泣き真似も一緒に。

「うえ~ん!」

 当然、お姉さんはそれを見て困る。

「ちょっと、お客様……」

 だが俺はそれでも押し通す。

「タッくんはアンナお姉ちゃんとボリキュア見るために、朝ご飯も食べてないのにひどいよぉ~! うわああん! ペンライトぉ~!」

「……」

 絶句するお姉さん。


 一連の流れを見ていた家族連れがざわつき始める。

「あの子ってそういう男の子よね? ペンライトぐらいあげればいいのに」

「優しくない映画館だな。ちょっと俺クレーム入れようかな」

「パパ、ママ。わたぢのライト、あのお兄ちゃんにあげてもいいよ」

 最後の女の子、要らないです。


 

 結局、俺の三文芝居によって、受付のお姉さんが負けてしまい、ライトは無事に2つゲットできた。

「ありがと、タッくん☆」

「ああ……構わんさ。アンナのためだからな」

 

 こうやって、取材をするたびに、俺はなにかを失っていくのさ。

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