第316話 原点回帰


 ミハイルの秘密を知った花鶴は、なんだか嬉しそうだった。

「そっかぁ~ ミーシャってそういう趣味があるんだぁ~」

 ちょっと誤解している気はするが、ちゃんと女装のことは黙っておくと約束してくれた。一応、その場をしのげたことで、ホッとする。

「理解してくれて礼を言うよ。花鶴」

 俺がそう言うと、なぜか彼女の顔から笑みが消える。

「あんさ~ 前々から思ってたんだけど。なんであーしのことだけ、上の名前なん?」

「いや……別に意味はないが」

「なら、ここあって呼んでよ! ミーシャもリキも下の名前で呼ぶくせに、ダチじゃないの? あーしとオタッキーって!」

 そういう事か……。花鶴という人間は友情を大事にするんだな。

 ならば仕方ない。ミハイルの秘密も共有する仲だ。

 彼女とも親しくしておくべきか。


「わかった。今度からお前のことも、下の名前で呼ぶ。それで良いか? ここあ」

「うん♪ マブダチぽい。ね、オタッキー」

 そう言って満面の笑みで俺を見つめる。

 てか、マブダチならこっちも下の名前で呼べよ!


  ※


 その後、三人で仲良く昼食を取って、チャイナタウンをぶらぶらする。

 服屋とか雑貨屋が多いから、俺たちが遊べる店は少なかった。

 ミハイルが言っていたパンパンマンの乗り物もここのゲーセンにはなく、ガッカリしていた。

 仕方ないので、駅に向かって帰ることに。


 

 彼らの地元である席内駅に列車が着くと、ミハイルとここあは「バイバ~イ」と手を振って降りていった。

 列車が動き出しても、ホームに立ったまま笑顔で俺を見送る。

 なんだかガキぽい奴らだと苦笑するが、悪い気分じゃない。

 ジーパンのポケットからスマホを取り出し、アドレス帳を開く。

 この半年で登録数の桁が1つ増えた。

 両親と妹、それに仕事関係ぐらいの人間しか、存在しない希薄な人間関係のアドレス帳がどんどん変化していく。


 ミハイルに始まって、女装したアンナ。

 それから、現役JKのひなた。あとは腐女子のほのか。

 自称芸能人のあすか。

 10年ぶりに再会したマリア。

 ダチのリキ。

 そして、今日新たに追加されたのは、ギャルのここあ。


 チャイナタウンで、今後、ミハイルの秘密を守るためにと、連絡先を交換したのだ。

 あくまでも、ダチのために。


 別に電話をかけるわけでもないのに、眺めているだけで自然と口角が上がる。

 俺もぼっちから卒業できそうなのかな……。

 と思っていると、目的地の真島駅にたどり着く。

 自動ドアが閉まりそうだったので、急いでホームへと走り抜ける。


 乗り過ごしするところだった……と冷や汗をかく。

 すると、手に持っていたスマホがブーッと震える。

 長い振動だったので、電話だとすぐに分かった。


 着信名は、アンナ。


「もしもし」

『あっ、タッくん☆ 今、真島だよね?』

 当たり前だろ、とツッコミを入れたかった。

 だってついさっきまで一緒にいたし、時刻表を見れば、俺が今真島駅に降りることは、容易だからな。

 ストーカー並みで怖い。

「ああ……どうした?」

『あのね、この前のマンガをお家で読んでたら、タッくんとの最初のデートを思い出しちゃって……会いたくなってきたの』

 噓つけ! 数分前まで一緒にいたろ!

「そ、そうか。じゃあ取材するか?」

『うん☆ 一番最初にデートしたカナルシティに行こうよ☆』

「良いな。で、なにをするんだ?」

『映画にしよ☆ あの時みたいに』

 珍しいな、アンナにしては……。

「そうか。映画は大好きだからな、どんとこいだ。なにを観る?」

 俺が尋ねると、彼女は大きな声でこう言った。


『ボリキュア!』

「……」


 そうだった。今年は15周年で何かとイベントが盛りだくさんだと、アンナから話を聞いていた。

 ところで、これってラブコメの取材になるんでしょうか。

 僕には理解できません……。

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