第112話 漫画なら持ち込みOK

 ミハイルはBL神によって洗礼されてしまい、神の子として生まれ変わったのである……。

「こ、これ帰ってねーちゃんにも見せていいかな?」

 なにやら嬉しそうに語る15歳。

 それ、言っとくけど成人指定食らってるから。

 見せたら捨てられるんじゃない?


「やめとけ。そう言うものはコソコソ見るもんだ」

 古来からベッドの下、机の引き出しの隙間、押し入れ、本棚にまぎらせる。

 などのテクニックがあるが、お母さんというバケモノにかかると掃除ついでに整理整頓されてしまう。


「そうなの? でもさっきの女の人は堂々と売っていたよ?」

「アレはもうこの世の理から外れた人外のものだ……俺らと一緒の目線で生きてない」

 人として終わっているんだ。

「ふーん。じゃあさ、ここで店を出している人ってお父さんとお母さんには伝えてないの?」

 ファッ!?

 それ、一番ダメなやつじゃん。

「あ、あのな……全部が“オトナの商品”ってわけじゃないが、両親に作品を見られるほど屈辱はないと思うぞ。特にコミケなんてもんは」

 ウェブ小説時代に母さんが必死にググって俺の作品にたどり着いた時は恐怖すら覚えた。


「でも、いいものは自慢して良いと思うけどな……」

 ミハイルは納得していないようで、不満げだ。

「その“良い”っていう表現が限定的すぎるんだよ。いくら素晴らしい作品でも人によっては楽しめないものだ。ミハイルにも好みってのがあるだろ?」

 俺がそう言うとミハイルは手のひらをポンと叩いた。

「そっか! タクトがブラックコーヒー好きだけど、オレは飲めないもんな。イチゴミルクとブラックコーヒーの違いみたいなもんか☆」

 レベルが段違いですよ。

 そんな健全なもので比較しないでください。

 ブラックコーヒーに謝って。


 BLコーナーを抜けて、俺とミハイルは「次どこに行こうか?」と相談していた。

 すると、背後から何やら「ハァハァ……」と荒い息遣いが聞こえた。

 振り返ると、すっかり忘れ去っていた腐女子の北神 ほのかが立っていた。

 大きな紙袋を6つも両肩にかけ、重そうなキャリーバッグを二つも握っていた。

 ちなみにキャリーバッグからポスターやらタペストリーがはみ出ている。

 顔色が悪く、真っ青だ。


「ビックリした……ほのかか。お前、大丈夫か?」

「ええ……狩りは終了したわ」

 その前にあなた死にそうだよ。

「だ、大丈夫? ほのか。またいつものビョーキ?」

 心配して優しく声をかけるミハイル。

 というか、BLが病気になってて草。

「だいじょうぶよ……ミハイルくん。いつものことだから…」

 毎回そこまで自分を追い詰めてまで、買ってるんですか?

 ちょっとバカじゃないですか。

「なんか、キツそうじゃん。オレ、水買ってくるよ!」

 そう言って、ミハイルは先ほど買った大きな猫のぬいぐるみを抱えて、去っていった。


 放っておけばいいのに、こんなアホ。



 ~10分後~


「プッハーーー! 生き返ったぁ!」

 ミハイルが持ってきたペットボトルを飲み干すとベコベコと握りつぶす。

「良かったぁ、ほのか。病気治った?」

 いや一生完治しないから。

「ええ、これで持ち直せたわ。さあ、今度は私のターンよ!」

 拳を作って立ち上がるほのか。


「おい、お前もコミケで出店するつもりなのか?」

「ううん、私は商業狙っているから!」

 無理だろ。

「しょーぎょう? 学校でも変えるの?」

 首をかしげるミハイル。

 それ高校ね。

「ミハイル、ほのかが狙っているのはプロ。つまり書籍化だな」

 俺が説明に入る。

「タクトみたいな作家さんになりたいってこと?」

「そうだな、俺はこう見えて既にプロ作家だからな」

 フッ、コミケに参加している奴らとは格が違うんだよ。

 俺が自慢げに語っていると、誰かがこう言った。


「明日は我が身ですよ……」


 な、なんだ!? この薄気味悪い声は……。

 幽霊か? コミケの落武者? 生霊?


 恐る恐るその声の主へと目を向ける。

 そこにはコミケにふさわしくない一人の幼女が立っていた。


 どうやらコスプレイヤーのようで、日本が誇る国営放送で絶大な人気を誇ったアニメ。

『手札キャプター、うめこ』のコスチュームを身に纏っていた。

 左手には大きなピンクのステッキを握っている。


 だが、一つだけ訂正がある。

 その生き物は幼女ではない、ロリババアが正確な表現だ。


「おい、アラサーがなにコス楽しんでだよ?」

 俺は笑いをこらえるのに必死だ。

「誰も好きでやっていませんよ!」

「怒った怒った。うめこのくせして、怒ってやんの」

 すかさず、スマホで写真撮っておいた。

「なに勝手に撮ってんすか!? ちゃんと許可とってくださいよ!」

 ブチギレる白金 日葵(アラサー)


 そこへ通りがかったオタクが白金に声をかける。

「あの、一枚いいですか?」

 さっきまでの怒りはどこに行ったのやら。

 白金はオタクに顔を向けると笑顔で答える。

「いいですよ~♪ ネットにあげるときは一番カワイイ写真にしてね♪」

 そして数枚撮り終えるとオタクは「あざーす」と去っていった。


「大変だな、コスプレイヤーも……」

 俺は汚物を見るかのような目でうめこちゃんを見つめる。

「だから違いますって! 仕事です!」

「わかってるよ、博多社の人間には黙っておいてやる」

「このクソウンコ小説家!」

 キンキン声が博多ドーム内に響き渡る。


「どうしたの、タクト? この子、迷子なの?」

 出た、お母さんモードのミハイルきゅん。

「誰が子供ですか!? ていうか、そんなに若く見えますぅ?」

 キレたくせに後半、嬉しそうじゃん。

「若いていうか、低身長で胸がぺちゃんこだから……かな」

 それただの悪口だよ、ミハイルママ。

「キーーーッ!」

 ほら、怒っちゃったよ。本当のことを言っちゃダメだぜ。



「ところで仕事ってなんだよ? もっとマシな言い訳しろよ」

「いや、本当に今日は仕事で来たんですよ!」

 と言って一枚のチラシを手渡す。

 俺とミハイルはそれに目を通す。


『急募! 望む、卑猥なBL! その煩悩を書籍化しないか?』

 とキャッチコピーと共に裸体の男たちが「アーーーッ!」している。

 

 それを見て俺は吐き気を感じた。

「なんだ……このヤバい代物は?」

「我が博多社にも創設されたんですよ、BL編集部がね」

「ウソ……だろ?」

 あの硬派な出版社がついに腐りだしたのか。

「本当ですよ。と言ってもまだ作家さんたちが少なくて、コミケでアマチュアの作家さんたちに声をかけているんです」

「なるほど……ヘッドハンティングか?」

 というか下層ハント?

「ま、波に乗るしかないでしょ。このBLウェーブに」

 そんな荒れきった津波知りません。


 そこへ不気味な笑い声が聞こえてくる。


「フッフフフ……待っていたこの時を」

 振り返ると、うつむいて笑みをうかべる北神 ほのかが。

 大きな茶封筒を手に。


「この、ビィーーーエル作家の変態女にお任せあれ!」

 なぜかジョ●ョ立ち。


 マジか、ついにコイツの作品がプロ編集に持ち込みするときがきたのか。

 あー、良かった。これで俺はもう変態女先生のネームチェックしなくていいんだよな。

 合格しろ、絶対にだ。


「ん? 持ち込みの方ですか?」

「ハイッ! ぜひ、わ、わ、私の作品みでぐだざぁいぃぃぃ」

 ゾンビみたい。

「ハイハイ、じゃあ奥のブースにお通ししますね」

 白金に案内されて、変態女先生は「ウヒウヒ」言いながら背を向ける。


「これで良かったんだ……。ミハイル、そろそろ帰るか?」

「え? でもほのかも一緒じゃないとかわいそうじゃん」

 クッ! 忘れていた。ミハイルが聖母だったことを。

「かわいそうじゃないぞ? ほのかは天国にいけるのだから」

 いろんな意味で。

 俺が悪だくみを企てようとしていたのが、ダダ洩れだったのか。

 白金が声をかけてきた。


「なにやっているんですか? DOセンセイもこの際ですから見学していってください」

「ハア!? お、俺はもうプロデビューしてるしっ!」

 言いながらも声が震える。

「今度のラブコメが売れなかったら、BL作家に転身しなくちゃいけないかもですよ? 勉強していってください。これは業務命令ですよ!」

 なにそれ、パワハラで訴えてもいいですか?


「よくわかんないけど、これも取材ってやつだろ☆」

 隣りを見るとそこには天使の笑顔が……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る