第113話 拝読させていただきます

 俺は無理やり、博多社のブースに連れていかれた。

 小規模だが企業として出展しているようだ。

 ラノベのポスターやアニメ化決定などの告知。

 宣伝も兼ねてのマンガ持ち込み企画らしい。


 パイプイスが並べられて、奥に一人の女性スタッフが机の前に座っていた。

 どうやらあの女性が原稿をチェックするらしい。

 俺とミハイル、それに変態女先生こと北神 ほのかの3人は白金 日葵に誘導されてイスに座る。

 博多社創設以来のBLマンガ雑誌が創刊されることもあって、かなりの人だかりだ。

 というか、全員女性の作家さん。


「なんで俺までここにいなきゃならないんだよ……」

 そう愚痴をこぼすと、そばで立っていた白金が言う。

「だってDOセンセイは取材しないとダメなタイプでしょ? 今後、マンガ家のキャラとか書くのに勉強しておいたほうがいいですよ。小説は持ち込みとかないですしね~」

 すいません、マンガ家だけ優遇するのやめてもらえます?

 同じ作家なんだから、小説も持ち込みOKにしてつかーさい。


「でも俺は原稿なんて持ってきてないぞ? そもそも絵心ないし、マンガ家目指してないし」

「DOセンセイは黙ってこの風景を目に焼き付けてください。それが小説家としての仕事でしょ!」

 ええ……そんなお仕事はじめて聞いたんすけど。

 だが、白金の言うとおり、俺はマンガ家さんが持ち込みする光景はテレビでしか見たことがない。

 まあいい機会だ。見せてもらおうか、新人マンガ家の性能とやらを!


 俺はイスで待機している女性陣を一望した。

 見渡す限りに真っ黒! ウーメン・イン・ブラック。

 何がって? 髪の色も然り、服装も然り、全てが黒づくめ。

 悪の組織かってぐらいに全員、闇落ち。

 皆、大人しそうな人ばかりで、とてもBLマンガを描いているような人たちには見えない。


 だが、微かに声が聞こえてくる。


「シュルルル……殺す、この原稿で他の作家を殺す!」

「フッ、どんな手を使ってもこいつらを蹴落としてやる」

「お父さんごめんなさい……勝手に親戚のおじさんと絡めちゃった」

 え? 最後だけノンフィクション作家がいたけど。

 肖像権、大丈夫ですか。



 しばらく待っていると、俺たち……じゃなくて、変態女先生の番が回ってきた。

「では、次の方どうぞ!」

 ハキハキとした物言い。

 スーツ姿に眼鏡の女性が言った。

 どこかで見た顔だな。

 まあ博多社の社員だから会ったことかあるかもな。


「は、はいぃぃぃ!」

 原稿を抱えてピンコ立ちするほのか。

 さすがの変態女先生も緊張されているようだ。

「大丈夫、ほのか?」

 心配そうに見上げるミハイル。

「だ、だ、だ、大丈夫だってばよ!」

 全然、だいじょばない。

 岸影先生に謝ってください。


「ほれ、行くぞ。ほのか、緊張するのはわかるが見せないことには評価はつけられんぞ?」

「う、うん……」

 いつになく元気ないな。

「ファイト! ほのか☆」

 

 そして、小学校の親子受験みたいに、左から俺、ほのか、ミハイルが同伴者として並んで座った。


 長い机を隔てて、編集部の女性が眼鏡を光らせている。

 ほのかはぎこちなく茶封筒から原稿を机の上に置くと「お願いします」と呟いた。

 女性が原稿を受け取った際、ほのかを囲んでいる俺とミハイルに気がついたのか、いぶかし気に交互に睨む。

 そして、俺を見つめてこう言った。


「あら? 琢人くんじゃない」

「え? なんで俺のことを……」

「私よ、倉石」

 そう言うと眼鏡を取って、笑顔を見せる。

「あ、倉石さん!? なんであなたがこんなことを?」

 倉石さんは博多社の受付嬢である。

 俺の担当編集の白金とは同期らしいので、アラサーだ。

 普段、眼鏡をかけてないので気がつかなかった。


「私、来月付けで転属することになったのよ。しかも編集長よ!」

 なにやら嬉し気だ。

「へぇ……」

 けど、BLマンガ雑誌の編集ですよね? すぐに廃刊しませんか?


 そこへ白金が入ってくる。

「そうなんですよ、この白金を差し置いて、イッシーが編集長とかムカつきますよ」

「あらあら、ガッネーたら、嫉妬なんてみっともないわよ。そんなんだから独身なんじゃない?」

 睨みあうアラサー女子たち。醜い光景だ。

 イッシーとかガッネーとかあだ名がダサすぎる。


「DOセンセイ、イッシーが今回創設された"ハッテン都市 FUKUOKA”の編集長に抜擢された理由知ってます?」

 いや、その前に雑誌名酷くない? 売る気ある?

「知らないよ」

 超どうでもいい。


「イッシーって万年受付嬢じゃないですか。電話とお茶くみと案内ぐらいしかできない無能のくせに」

 おいおい、そりゃ女性蔑視ってもんだろう。

 昭和か。

「ガッネーだっていつまでも”ゲゲゲ文庫”売れっ子作者出せてないじゃない!」

 倉石さん、それって俺のことですか?

「フン、DOセンセイの次回作でぼろ儲けしてやんよ!」

 責任重大、こんなアラサーの出世に力を貸したくない。

 ていうかさっさと原稿読んでやれよ。



「白金、それで倉石さんが編集長に抜擢された理由とは?」

「あっそうそう、ガッネーっていつも一階のカウンターで暇じゃないですか。だから受付でずっとBLマンガばっか読んでたんですよ」

 職務怠慢、解雇しては?

「それに社長が目をつけて編集長になったわけです」

 おたくの会社、もう終わってんだろ。


「それもスキルのうちよ。さ、ガッネーはチラシ配りを再開してね♪」

「チッ、あとでハイボール奢れよ、クソが!」

 と唾を吐きながら去っていく幼児体形。

 なんとも大人げない二人だ。


「部下がごめんなさいね、あとできつく叱っとくわ♪」

 ええ、もう下剋上始まってんすか?

「は、はぁ……」

 倉石さんは笑顔だが、怖い。

「じゃ、原稿読ませていただきますね」

「お、おなーしゃす!」

 テンパりすぎだろ、ほのかのやつ。

「あの、ほのかはいいヤツなんでよろしくっす!」

 お母さんじゃん、ミハイル。

 じゃあ俺がお父さん?

 嫌だよ、こんな腐った娘。


 倉石さんは眼鏡をかけなおすとじっくり原稿を一枚一枚読む。

 その目は真剣そのものだ。

 時折、「ん?」と言って手が止まったりしている。

 それが是か非かはわからないが。


 なんだか俺までドキドキしてきたな。

 小説家としての『DO・助兵衛』は白金によってウェブからスカウトされたから、俺はこういうピリッとした空気に慣れてない。

 倉石さんは原稿を最後まで読み終えると、深い息を吐きだした。


「これ……本当にあなたが描いたんですか?」

 ギロッとほのかを睨みつける。

「あ、はい!」

 声をあげたと同時にふくよかな胸がブルンと震えた。


「評価から言いますと中の下です」

 普段、受付でニコニコ笑っている倉石さんとは思えないぐらい冷たい顔で言った。

「そう……ですか」

 肩を落とすほのか。


「ほのか、元気だせよ。次があるって、お前ならやれるよ」

 背中をさするミハイルママ。

 過保護は良くない。

「わ、私なんかどうせ読み専腐女子よ……」

 それもいいんじゃない?

「ヨミセン? なんのこと? とにかくあきめらちゃダメだぞ、ほのか」

 ほらぁ、ママを困らせちゃダメでしょ、腐女子のくせして。


「ゴホン」

 わざとらしく咳払いでほのかとミハイルの会話を静止させる倉石編集長。

「あくまでも全体的な評価です。勘違いしないでください」

「どういうことです、倉石さん?」

 俺がたずねると彼女はニッコリ笑った。


「結論から言いますとスッゲー抜けそうなマンガです♪」

「あぁ!?」

 年上なのに思わずキレてしまった。


「絵の方はお世辞にも上手いほうではありません。ですが、ストーリーが実に素晴らしい。特にメインヒロインのキモいおっさんが最高ですね♪」

 え? おっさんがヒロインってよくわかったね。

「じゃ、じゃあ……」

 ほのかは生唾をゴクンと飲み込んで次の言葉を待った。

「残念ながら今回は見送りです」

「やっぱり……」

 涙目になるほのか。この時ばかりは少し同情した作家として。


「ですが、この才能をよその編集部に獲られるのは癪です。ぜひこれからもうちの編集部に持ち込みしませんか? あなたはきっと磨けばダイヤモンドより輝くでしょう♪」

 なんかその宝石、臭そう。

「やったな、ほのか!」

「うん、私これからも抜けるBL本書き続ける! ありがとう、ミハイルくん、琢人くん!」

 大粒の涙を流しながら、彼女は俺とミハイルを抱きしめた。


 ちょっといいですか?

 おたくのデカい乳がボインボイン当たってキモいんでやめてください。

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