第110話 ブヒブヒブヒ、ブヒィーーー!

「トマトさん……ボリキュア、残念でしたね」

 俺は言葉に詰まっていた。

 普段、トマトさんが描くイラストは硬派な男キャラが多く、女の子キャラや女性キャラを不得意とする絵師さんだ。

 勝手なイメージだが、彼はアクションものの作品とか好きそうと思っていたのに。

 まさかゴリゴリのロリコンだったとは。

 別に差別しているわけではないが、見ちゃいけないものを見た気がした。



「あ、いや違うんだよ? DO先生、抱き枕は…そう! 今度の先生のイラストのために」

 おいおい、裸体を描く気だったの?

「へぇ……」

 苦笑いで答える。

「ところで、DO先生は何しにきたの?」

 こいつ、絶対矛先を変えるために話題を変えているな。


「俺は……なんと言ったらいいか、ま、取材ですよ」

 奇しくもトマトさんと同じ理由じゃん。

「コミケに取材!? それ必要あります?」

 至極当然なリアクションであった。

「ま、まあ今は他のサークル漁っていると思うんですけど、腐女子のJKに強引に連れてこられたのが本音ですよ」

「じぇ、じぇ、じぇ……JK!?」

 そこだけ食いつきすごいな。

 はい、お巡りさんここです。


「おい、タクト! オレを忘れるなよ!」

 隣りを見下ろすと腰に両手をやって、頬を膨らますミハイル。

「ああ、そうだったな。こいつ、ミハイルっていうんです。高校の同級生で」

 俺が紹介するとミハイルは絶壁の胸を張る。

「ふふん、オレがタクトのダチだぞ! この世で一人だけのな☆」

 なにを勝手にアピールしてやがるんだ、こいつ。

 それに俺のダチはまだ一人と決まってないんだからね!

「なるほど、ミハイルくんですね。僕はフリーのイラストレーターのトマトです。DO先生の表紙や挿絵を担当してます」

 笑顔がとても眩しい。

 しかし、それよりも額に巻いているバンダナの方が気になる。

 2頭身の萌えキャラがパンチラ全開なんだもの。


「DO先生のお友達とは珍しい」

「だろ☆」

 あの、トマトさんも俺のことそんな可哀そうな人間だって思ってたんですか?

 それからミハイル、お前は敬語を使え。

 彼は豚だが年上だ!


「ところでミハイルくんは今期アニメで何が推しですか?」

「え? こんき? 結婚のこと?」

 それ婚期だから。

 俺がすかさず説明を入れてあげる。

「今放送しているアニメで好きなものはないか? とトマトさんは言いたいんだよ」

「うーん、オレはデブリとネッキーが一番好き☆」

 そこの企業、二次創作したら訴えられません?

「ほほう、ミハイルくんはいいセンスしてますねぇ。僕ので良かったら今度薄い本お貸しましょうか?」

 え!? マジであるの?

「うすい本? なんのこと…」

 首をかしげるミハイル。

 その辺で勘弁してあげてください、この子まだコミケ処女なんで。

「同人誌のことですよ。ミハイルくんはコミケ初めてですか?」

「うん、なんか楽しいってほのかが言ってたからついてきた☆」

 満面の笑みで答えるミハイル。

 何も知らないっていいですねぇ。彼の笑顔が太陽に見えます。

 このむせ返るような18禁コーナーでは。


「ほほう、ならば僕で良ければ、コミケを紹介しましょうか?」

 トマトさんの眼鏡が怪しく光る。

 こ、こいつ、布教する気だな。

 危険を察知した俺はすかさず止めに入る。

 ミハイルの操はこの琢人くんしか守れないのだから!


「い、いえ、ミハイルは俺が案内するので、でーじょぶです!」

「そうですか……それは残念。ミハイルくんとは同志になれそうな気がするのですが……」

 うちの子はあんたとは違うのよ、この萌え豚が!

「では、僕はそろそろ他のサークルに向かいますね」

 そう言って背を向ける汗だくのおデブ紳士。

 既にTシャツはびっちょびっちょでピンクの乳首が丸見え。

 相変わらずの破壊力だ。


 その場を去ろうとしたその時だった。

 何かを思い出したかのように振り返る。

「あ、そうそう。ミハイルくん、今度会える時があったら、ネッキーとネニーのNTR本貸してあげますよ♪」

 親指を立てる変態絵師。

 一生家から持ち出すんなよ、そんな危険な本。

「ネトラレ? なんかわかんないけど、ありがとう☆」

 お礼しなくていいのよ、ミハイルちゃん。

 トマトさんは背を向けたまま、「同人界に幸あれ」と手を振って去る。


「おもしろいヤツだな、トマトって」

 だから、あれでも年上だからね? 見たらわかるじゃん。おっさんだもん。

 一応、敬ってあげてね……。

「ま、まあな。ところでボリキュア以外で好きな作品はないのか? もちろん、デブリとネッキー系以外でだ」

 彼の夢を壊してはいけないので。

「うーん、そうだなぁ。たまにレンタルで『セーラ美少女戦士』とか観るぐらいかな」

 それ、めっちゃありそう。1990年代ぐらいから。

 ていうか、ボリキュアとあんま変わらないジャンルでしょ?

 18禁の臭いがプンプンするので、却下で。


「それはやめておこう。1次創作もあるかもしれん。ちょっとブラブラしてみるか?」

「うん☆」


 俺はなるだけミハイルを18禁コーナーから遠ざけるようにコミケを案内した。



 アクセサリーコーナーや手作りのぬいぐるみなどを見てまわった。

「うわぁ、カワイイ☆ このネコちゃん!」

 ミハイルが手に取ったのは大きなぬいぐるみ。

「ほう、コミケにもこんな健全な商品があったんだな……」

 いつも母さんと妹のかなでに淫らなコーナーにばかり連れていかれたからな。


「可愛いでしょ? それ大きくて中々売れないのよね」

 売り子のお姉さんが苦笑いする。

「ええ? こんなにカワイイのに!?」

 いや、そんなもんでしょ。

 言うて素人が作ったもんだし。

「小さいのはキーホルダーとして売れたけど、大きすぎたみたい。もし引き取ってもらえるなら安くしておくよ?」

 出たよ、そう言って在庫処分する気だな。

「いくらっすか?」

「1万円するところを半額の5千円にしてあげるよ♪」

 元値が高すぎだろ。

「ええ、そんなに安くしてくれるの!? 買う、買います!」

 慌てて財布を取り出すミハイル。

 別に今更なのだが、財布も可愛らしいもので、スタジオデブリの『ドドロ』のがま口財布。


 というか、騙されているのに気がついてない。

 売り子のお姉さんは「占めた!」という感じで拳を小さく作って勝利を確信する。

 笑いをこらえているようだ。

 あくどいやっちゃ。


 そして、ミハイルは野口英世さんを5人差し出すと、バカでかい猫のぬいぐるみを抱きかかえる。

「カワイイ~ 今日からオレの家族だぞ~」

 モフモフを楽しんでらっしゃる。

 まあ健全なものだし、これで良かったのかもな。



「ところでタクトはなんか買わないの?」

 あ、忘れてた。母さんに頼まれてたな。

「母さんに同人誌を頼まれてたな……」

 肝心のタイトルとサークル名を聞きそびれた。

 その時だった。

 アイドル声優のYUIKAちゃんの曲が流れる。

 俺の着信音だ。

 着信名は母さん。


「もしもし?」

『あ、よかったわ。タッくん、言い忘れたけど、サークル名は“ヤりたいならヤれば”で作品名は“今宵は多目的トイレで……”っていうのよ』

 相変わらず、母さんのチョイスは酷いものばかりだ。

「わかった……買ってくる」

『あ、そうそう。サークルの人に言っておいて。いつも“ツボッター”でリプしまくっている“ケツ穴裂子”ですって』

 誰だよ、そのふざけたアカウント名。

「りょ、了解」

 まったく、あの母親ときたら自分の性癖を息子におしつけるんだから、たちが悪い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る