第60話 アレな人とアレな人
「やー、だからさー。たまたまなんだってー」
昨晩のことを優香と玲奈から問い質され、美月が苦笑を浮かべる。
「ウチとコウ先輩の部屋、隣同士じゃん? 寝る前にふと外を見たら、星空が綺麗だなーって思ってさ。ちょっとベランダに出てみたわけよ。したら……」
「全く同じ行動を取った俺と、顔を合わせることになったわけだ」
たぶん、俺の口元にも同じく苦笑が浮かんでいることだろう。
「んんっ……! 完全に恋愛漫画系のイベント……!」
「私たちにはなぜか訪れないそれを、新参にして引き当てたっていうの……!?」
悔しげに歯噛みする優香と、軽く慄いた様子の玲奈。
「てか……これ、そのうちカノパイたちが乱入してくるパターンだなーって思ってたんだけど。結局、来なかったんだね?」
「仕方ないでしょう……その頃、私は優香と寝ていたんだから」
「説明としては合ってるんだけど、言葉選びぃ!」
「えっ……? カノパイたちって、やっぱりそういう関係だったの……?」
「断じて違うから! てか紫垣ちゃん、やっぱりって何!?」
「そういう関係……?」
何やら目を輝かせる美月に対して、優香が全力で否定する。
一方の玲奈は、そもそも美月が何を言っているのかわかってないみたいだ。
「じゃあじゃあ、実際のとこカノパイたちはどういう関係なんですかー?」
「どういうって、そりゃ……」
ワクワクした調子で美月に、優香は少し顔を赤くしながらチラリと玲奈を伺い見た。
「そうね、強いて言うなら……」
一方で、玲奈は特に動揺した様子もなく。
「プラトニックな関係よ」
「だから言葉選びぃ! てか、今回の場合は説明としても合ってなくない!?」
「えっ……?」
ファサッと髪を掻き上げながら自信満々に答えた玲奈だったけど、優香のツッコミを受けてちょっとショックを受けたような表情となった。
「プラトニック……純粋に相手を思うさま。私は、孝平くんのことを除けば優香のことを純粋に友人として思っているのだけれど……そう、優香は違うのね……」
「チクショウ、要所要所で可愛いなこの女! そういう意味ならアタシだって同じだっての! それはそれとして、やっぱり普通そういう場合に『プラトニック』って言葉は使わないと思う!」
心打たれた様子でギュッと玲奈を抱きしめつつも、キッチリとツッコミも入れるのを忘れない優香である。
「あっはー、相変わらずラブラブだねー」
『ラブラブではない!』
ヒュゥと口笛を吹く美月に、二人揃って抗議する。
「ねぇ、これでラブラブではないは流石に無理があると思わん?」
「うん、まぁ……うーん……どうだろうね……」
曖昧に言葉を濁すことで、ノーコメントとさせていただいた。
「まぁつまり、カノパイたちはカノパイたちで昨晩はお楽しみだったってことね」
「お楽しんでなどいないわ」
「クッソつまんねー拷問の如き時間を過ごしただけだったからね……」
忌々しげに吐き捨てる玲奈と、げんなりとした表情の優香。
マジで、何やってたんだ……?
「いずれにせよ……私としたことが、見誤っていたわ。昨晩、私は優香と馬鹿みたいなゲームをしている場合ではなかった」
「それについては、ゲームが提案された時点でわかってたことだけどね……まぁそれはともかく」
二人、表情を改める。
「認めましょう、見事な漁夫の利よ。ここまで、爪を隠し続けていたというわけね」
「ぶっちゃけ、油断してたよ……! 今度からは、そうはいかないんだからね!」
どうやら、本格的に美月を危険視しているらしい。
「んあー……」
二人からの闘志を向けられ、美月は少しだけ困ったように笑っていた。
「まっ、
美月のその消え入りそうな呟きは、どうやら俺にしか届かなかったみたいだ。
なんとなく……本当に、なんとなくだけど。
そのどこか達観したような横顔を見ていると、ふと思い浮かんだことがあった。
美月、もしかして……?
◆ ◆ ◆
といった、朝の一幕もありつつ。
一泊二日のこの旅行、二日目もゆったり周囲を散策したり遊びに行ったりであっという間に過ぎていき。
そろそろ帰る時間も見えてきたかな、って頃のことだ。
「ねねっ、ライン下りも出来るんだけどやってみない?」
最後に何をするか、という話し合いの中で美月からそんな提案が上がった。
「ライン下りって、なーに?」
「いわゆる急流下りのことね」
「へー、そなんだ?」
首を捻った優香に、玲奈がそう説明する。
確か、自分たちで漕ぐのがラフティングで、船頭さんに漕いでもらう形をライン下りって言うんだっけ?
「面白そう、やってみようよっ!」
「あぁ、そうだな」
優香と二人、頷き合って。
『……あっ』
それから、二人同時にそんな声を上げた。
これ、たぶん優香も俺と同じことに気付いたっぽいな……。
「やっぱ、やめとこっか……」
「だな……」
「えっ、なんでなんで? 今の今まで超乗り気だったじゃん」
苦笑気味に目を合わせる俺たちに、美月から当然の疑問が出てくる。
『それは……』
「……? 私がどうかしたの?」
同時に目を向けると、玲奈が不思議そうに首を傾けた。
「や、アタシも流石にもう読めたっての。どうせ今回も急流下りの苦手な玲奈が叫ぶパターンなんでしょー?」
やっぱり、優香も俺と同じ懸念に至っていたようだ。
「そんなわけないでしょ……大体、急流下りに苦手も何もないでしょうに」
「いや……そんなこと言って、遊園地じゃジェットコースターも空中ブランコもアウトだったじゃん」
「それは……その、確かに、高いところはあまり得意ではないけれど」
「あー、高さが駄目だった感じ?」
「そうよ、ゴーカートなんかは問題なかったでしょう? いえ、別に、ジェットコースターや空中ブランコも問題はなかったけれど……」
「なるほどね」
後半はスルーで、優香は納得の表情を浮かべる。
俺も、そういうことなら納得だ。
「そんじゃ、問題無しだね! 紫垣ちゃん、案内してっ!」
「おけおけー」
「ふふっ、楽しみね」
こうして、和やかに俺たちはライン下りの受け付けへと向かった。
◆ ◆ ◆
なお、十数分後
「みゅっぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
駄目でした。
◆ ◆ ◆
「ねぇ、なんでさっき理路整然と強がったの……?」
「つ、強がってなどいないわ……思ったより、大したことなかったわね……」
優香から半目を向けられる玲奈の足は、当然の如くガックガクに震えていた。
「ぶっふぉっ!?」
そんなやり取りに、思わずといった感じで美月が吹き出す。
「ふ、ふひっ……! 何が玲奈先輩をそこまでさせんの……!?」
それは、もしかしたら玲奈本人にもわからないのかもしれないな……。
「あー……っと。あそこが事務所かな? 確か、更衣室とかシャワーとか借りれるんだよな?」
とりあえず話を変えがてら、近くに見える建物を指す。
ライン下りでだいぶ濡れたし、夏場といえど早めに着替えた方がいいだろう。
「そだよー。着替えたら、バスで駅まで送ってくれるから」
なかなか充実したサービスだな。
「玲奈さー、今度から苦手なことはちゃんと正直に申告しなよ?」
「何のことを言っているのかしら? 私に苦手なことなんてないけれど」
「まぁ、玲奈があくまでそのキャラでいくっていうならそれは止めないけどね……」
「玲奈先輩って、アレっすよね。頭は良いのに、ちょっとアレだね」
「そうだねー」
「アレとは何よ……なぜ二人して、生温かい目を向けてくるの……?」
なんて会話を交わしながら、建物の方へと向かう。
そうして、事務所の扉を開けた途端。
「らっしゃっせぇ!」
んんっ……? ラーメン屋……?
そう錯覚しそうになったのは、最初の一声がラーメン屋っぽいものだったから……だけじゃなくて。
「失礼致しましたー。わたくし思わぬところでかつて常連だったお客様のお顔を拝見致しました結果、ついつい条件反射で以前のご挨拶が出てしまいましたー。改めまして、いらっしゃいませこんにちはー」
迎えてくれたのが、元・辛辛館の店員さんだったからだろう。
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