第59話 夜の企み
釣りを楽しみ、BBQという戦場を乗り越え、露天風呂もそれぞれ堪能した後、共有スペースでゆったりと雑談を交わして。
「それじゃ、おやすみ」
『おやすみ』
軽く手を挙げた俺の挨拶に、返す三人の声が重なった。
楽しくて、ついつい喋りすぎちゃったな……もうすっかり夜中になっちまってるじゃないか。
さて、流石に今日はもうあと寝るだけ………………だよな?
◆ ◆ ◆
【紅林優香】
いやぁ、今日はすっごい楽しかったよねぇ!
沢山遊んで、沢山食べて。
流石に後はもう、寝るだけだよね~!
……なんて。
この女は、確実に孝平の部屋に行くことをまだ目論んでいるはず……!
それをなんとしても阻止して、孝平の安眠を守るのがアタシの使命ってやつだよね……!
……まぁ、その結果?
ちょーっとだけ孝平の部屋にお邪魔する展開になる可能性だって、なきにしもあらずだけど?
その場合は、不可抗力だよねー。
アタシはもう、今すぐにでも眠りたいんだけどなー!
玲奈が企むから、しゃーないよなー!
◆ ◆ ◆
【青海玲奈】
なんとしてでも、孝平くんの部屋に侵入する……なんてことを考えていそうな顔ね、優香。
全く……この女の侵入を許したら、何が起こるかわかったものじゃないわ。
そう……だから、私には孝平くんの安眠を守る義務があるのよ!
もっとも、結果的に……あくまで不可抗力で。
優香を退ける代償として……私が、孝平くんの部屋にお邪魔するという選択肢も考慮には入れておくべきよね。
はぁっ、こっちは疲れたから早く夢の世界に旅立ちたいというのに。
優香の企みのせいで、一苦労だわ。
「んじゃ、カノパイたちもまた明日ねー」
自室に戻った孝平くんに続いて、紫垣さんも手を振りながら割り当てられた部屋へと引っ込んだ。
この子のことは、イマイチ読めないのだけれど……今までの感じ、優香みたいな痴女力や暴走癖はなさそうよね。
とりあえず、今は優先度を下げても良いでしょう。
「ふわぁ……アタシも、もうオネムちゃんだよねぇ……」
はんっ……白々しい眠気アピールね……。
「えぇ、そうね。気を抜くとすぐにでも眠ってしまいそうだわ」
けれど、とりあえずここは話を合わせておきましょう。
……というか実際、今日はかなりアクティブに動いたから結構な眠気が来ているのだけれど。
「……玲奈? そんなところに突っ立って……どうして、部屋に戻らないの?」
「その言葉、そっくりそのままお返しするけれど?」
今は、一瞬でもこの女から目を離すのは危険……!
「アタシはほら、トイレに行ってから戻ろうと思って」
「奇遇ね、私も同じことを考えていたわ」
「いやぁ、玲奈はさっきトイレに行ったばっかでしょ?」
「私がどのタイミングでお手洗いに行こうと私の勝手でしょう」
「それはそうだけどさー」
チッ、埒が明かないわね……!
「……二人共、そんなとこでどうした? 何かあったか?」
ほら、不審がって孝平くんが出てきちゃったじゃない!
「いえ、何でもないわよ」
「そうそう! 気にしないで!」
「そうか……? ならいいけど……」
かなり訝しげな様子ではあったけど、それで納得してくれたみたいで孝平くんは顔を引っ込めた。
とはいえここでこれ以上言い合うのは、あまりよろしくないわね……そうなると……。
「……ねぇ、玲奈? この後、アタシの部屋に来ない? アタシ、もうちょっと玲奈と二人きりでお話ししたい気分なんだー」
ふっ……考えることは同じということね。
いいでしょう。
「えぇ、私もちょうどそう思っていたところよ」
「パジャマパーティーって、いいよねー」
「今回だけは同意しておきましょう」
「えへへっ」
「うふふっ」
どうにか先にこの女を寝かしつけて、孝平くんの部屋を訪れてみせるわ……!
◆ ◆ ◆
「玲奈、そんなとこで突っ立ってないで座んなよ……ほら、ベッドとかにさ」
「貴女の部屋なんだから、ベッドは貴女に譲るわよ。私のことは気にせず、寝転んでくれてもいいのよ?」
「いやぁ、一人だけ寝転がるっていうのは申し訳ないよー。まぁ……玲奈も一緒に寝転ぶっていうなら、それもいいけど?」
「……いいでしょう、パジャマパーティーらしいじゃない」
「んじゃ、アタシが奥側いくねー」
「よっ、と……狭いわね……」
「シングルなんだから、そこはしゃーないっしょ」
「それはそうだけれど……ともあれ、何を話そうかしら?」
「んー、パジャマパーティーといえば……やっぱ、恋バナ?」
「私たちの間で、果たしてそれは成立するの……?」
「ほら、孝平の好きところをお互いに言い合ってくとか?」
「……やめておきましょう。それだけで夜が明けてしまいそうだから」
「……そうだね」
「そうね……羊数えゲーム、という私が考案したゲームをやるのはどう?」
「初手からめっちゃ攻めてくるじゃん……ていうか、もう表面上ですら目的隠す気ゼロじゃん……」
「ふっ……負けるのが怖いのかしら?」
「なにをぅ!? やってやらぁ! ……とはならないけど、まぁいいよ。短期決戦はアタシも望むところだし。ただ、それってどんなルールなの?」
「お互い、ただひたすらに羊を数えていくだけよ。そうね、最終的に多く数えられた方の勝ちでいいでしょう」
「クッソつまんないじゃん……まぁ、今夜の勝負にはちょうどいいけどさ」
「それじゃ、スタート。羊が一匹……羊が二匹……」
「羊が一匹……羊が二匹……」
「羊が三匹……羊が四匹……羊が五匹……羊が六匹……」
「羊が三匹……羊が四匹……羊が五匹……羊が六匹……くっ、眠気以前に早くもこのゲームのクソゲーっぷりに心が折れそうだよ……!」
「羊が七匹……さっさと心折れて夢の世界に旅立ってくれていいのよ?」
「羊が七匹……それはこっちのセリフだよねー」
「羊が八匹……羊が九匹……羊が十匹……羊が十一匹……」
「羊が八匹……羊が九匹……ひつじが……じゅう……ひつじが……じゅう……」
「ふっ……チョロいわね……」
「っぶなぁ!? 今、いくつだっけ!?」
「チッ……貴女は次で十一匹目よ」
「センキュー……羊が十一匹……羊が十二匹……羊が十三匹……マジで……虚無感が凄い……」
「羊が十二匹……羊が……じゅう……さん………………ハッ!?」
「羊が十四匹……無理、しないで……寝ちゃえばぁ……?」
「羊が十三匹……羊が十四……ひき……そ、ちらこそ……」
「羊が十五匹……ひつ……じ……がぁ……?」
「羊が十五匹……羊……ひつ……ひつ……?」
「………………」
「………………」
「……ぐぅ」
「……すぅ」
◆ ◆ ◆
【紅林優香】
「むにゃ……駄目、そのラム肉はあと十四秒焼いてから……んぅ……んぅ?」
あれ……? アタシ、いつの間に寝ちゃってたんだろ……?
「って、んおわっ!?」
目覚めたら、すぐ目の前にお姫様!?
……って、違うわ……これ、玲奈だわ……。
うっわ、改めて間近で見ると睫毛なっが……ていうか、黙ってるとホント美人だな……いくらでも見てられるわ……。
「んんっ……」
おっ、目を覚ましそう……?
「ゆうか……?」
ふふっ、寝ぼけちゃって可愛いんだ。
……って、あれ?
何かを忘れているような……?
「どうして優香が私の部屋にいるのよ……」
「や、それはこっちのセリフ……」
『っ!?』
思い出した!
『今何時!?』
二人揃って時計を見ると……もう、完全に朝じゃん!
やっちまったぁ!?
◆ ◆ ◆
【白石孝平】
「よぅ、おはよう二人共」
『おはよう……』
起きてきた優香と玲奈に挨拶すると、なんか凄い暗い感じの声が返ってきた。
「なんだ、二人揃って……あんまり眠れなかったのか?」
「や、逆だよ……」
「不覚にも、爆睡してしまったわ……」
逆……? 不覚にも……?
あー……もしかして、アレかな?
おやすみの後でまた俺の部屋を訪問することを画策してたけど、普通に寝ちゃったとか……?
正直、あのままあっさりお開きになったのはちょっと意外に思ってたんだよな。
ただ、代わりに……ってわけでもないけど。
「っはよー、コウ先輩にカノパイ方」
「あぁ、おはよう美月」
『おはよう……』
「あっはは、カノパイたち何その顔? 夜に何かあったの?」
「別に……」
「何も、なかったのよ……」
「あっ、そうそう! 夜といえばさコウ先輩、昨日の流れ星凄かったよね!」
「あぁ、そうだな」
『……?』
俺と美月のやり取りに、優香と玲奈は不思議そうな表情だ。
まぁ、二人はあの場にいなかったわけだから当然なんだけど。
「まさか、三つも連続で来るとはねー」
「三回目は流石にないだろって話してたところにちょうど、だったもんな」
「でさー、そろそろコウ先輩が何お願いしたのか教えてよー」
「ははっ、駄目駄目。人に教えたら叶わないって言うだろ?」
「ウチのは教えてあげたのにー」
「美月が勝手に喋っただけだろ……にしても、意外な願い事だったけど」
「にひひ、でしょー?」
『あれ……? これ……もしかして……』
「紫垣ちゃん……」
「孝平くんと……」
◆ ◆ ◆
【青海玲奈・紅林優香】
いつの間にか、こっちの知らない思い出を共有している……!?
完っ全に出し抜かれたってこと!?
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