第56話 魚捌ける系女子たち
唐突に始まった二人の釣り対決は、結局同数ということで引き分けに終わった。
二人合わせてかなりの量で、ぼちぼち釣れた俺と美月の釣果も合わせれば昼飯には十分過ぎる量だ。
晩飯用に一部をクーラーボックスに入れて、残りは現在焚き火で炙られているところだった。
漂ってくる香ばしい匂いが食欲を刺激してきて、お腹が鳴ってしまいそうだ。
いい感じに焼き上がってきて……。
「はい孝平、アタシが釣ったお魚食べて!」
「孝平くん、私が釣った魚が焼き上がったわよ」
優香と玲奈が、ほぼ同時に串を持ち上げ俺に差し出してきた。
『は?』
二人の顔に浮かんでいた笑みが、一瞬消える。
「いやいや玲奈、どう見てもこっちのがおっきくて食べごたえあるし」
「どこを見ているの? こちらの方が脂が乗って美味しいに決まっているじゃない」
両者再び笑みが復活したものの、ピキッているのは明らかだった。
さて、俺はどうすべきか……交互に食べる? それとも、重ねて一気にいくか……?
「やー、てかさー」
なんて考えていたところ、二人のやり取りをなんとはなしって感じで眺めていた美月が口を開く。
「捌いて味付けしたのウチだし、それが美味しかったらぶっちゃけウチの功績じゃね?」
『……確かに』
美月は特に思うところもなさそうだけど、二人は「うっ」と呻いて同時に手を引いた。
「ははっ……とりあえず食べていこうか」
この隙にと、俺は自分で釣った魚の串を手にとって齧り付く。
「んっ、美味っ!」
そして、本心からの感想を叫んだ。
いや、マジで美味いわこれ。
そんな俺の姿を見た優香と玲奈もゴクリと喉を鳴らし、若干不満そうではあったけどそれぞれが手にした魚へと齧り付く。
そして。
「わっ、ホントだ! めっちゃ美味!」
「空腹に、新鮮な魚……なかなか出来ない贅沢かもしれないわね」
そう口にする頃には、二人の顔もすっかり綻んでいた。
「塩加減も絶妙だな……ありがとう、美月」
「にゃはは、適当に塩振っただけなんだけどねー」
礼を伝えると、美月はコロコロと笑う。
「てか紫垣ちゃん、魚捌ける系女子だったんだね!」
そう、優香の言う通り。
サバイバルナイフで迷いなく捌いていく様は、堂に入ったものだった。
「別に、カノパイたちも魚捌ける系女子っしょ?」
「それはまぁそうなんだけど……」
確かに優香や玲奈も魚を捌けるんだけど、たぶん優香が言ってるのはそういうことじゃない。
「料理は出来ないって話していたけれど、普通に出来るんじゃない」
「や、料理は出来ないっすよ?」
けど、玲奈の言葉に美月は笑いながらパタパタと手を横に振る。
「なんか、いちいちレシピ見てその通りにやるのかったるいんでー。適当に塩振るくらいが限界よ」
どうやら、謙遜ってわけでもないらしい。
「ただ、刃物の扱いは得意なんだよねー」
そこだけ聞くと、なんか物騒だな……。
「小さい頃から、毎年ここに来てるからさー。ウサギ捌いたりとかも出来るよー」
「ワイルドね……」
「サバイバルガチ勢じゃん……」
玲奈と優香は、感心と驚きの混じったような表情を浮かべている。
「にひっ」
そんな中、なぜか美月はふと俺の方を見てニッと笑った。
「コウ先輩、無人島に一人連れていくとしたら断然ウチよ?」
ピクリ。
美月の言葉に、玲奈と優香が反応した。
「聞き捨てならないわね……私の蓄えた知識の数々はサバイバル生活でも必ず役に立つわ。特に長期間を見据えれば、私が最適なのは自明でしょう」
「いやいや、結局んとこサバイバルでモノを言うのは体力と身体能力っしょ! アタシなら足を引っ張るどころか孝平を引っ張ってあげるもんね!」
それぞれそんな主張しながら、己の胸に手を当てる。
どうやら、二人の対抗心に火が付いてしまったらしい。
いつもなら、ここからそれぞれの主張がぶつかり合っていくところだ……けど。
「や、ごめん。ウチは別にカノパイたちと張り合うつもりで言ったわけじゃなかったんすけど。ただの雑談よー」
『……そうなの?』
当の美月が半笑いで手を振るもんだから、二人の火も鎮火したみたいだ。
「あっはは! てかカノパイたち、なんでもかんでも勝負に持っていきすぎー!」
『………………』
ケタケタと笑う美月への反論がないのは、一応自覚があるからなんだろうか。
「それよりほら、せっかく釣った魚なんだからみんなで楽しく食べないと!」
「……そうだね」
「……そうね」
これまた美月の言う通りだと判断してか、以降は普通に大人しく魚を食べることにしたみたいだった。
なんか……これまでになく平和な時間だな……。
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