第55話 昼食調達

「うっしゃ、こんなもんでいいっしょー!」


 額の汗を拭いながら、美月が晴れやかな声を上げる。


「みんな、お掃除おつかれでーす!」


 ロッジの掃除は、これで一通り終了。


 思っていたより綺麗だったとはいえ何しろ広さがあるから、時刻はもうすっかりお昼だった。


「やー、お腹すいちゃったねー」


「朝から動き通しだものね」


 優香が笑いながらお腹を押さえ、それを見ながら玲奈もクスリと微笑む。


「だよねだよねー。ほんじゃ、そろそろお昼食べに行きますかー」


 なんて、軽い調子で美月は言うけど……。


「食べに行く……って、こんなとこに飲食店なんてあんのか?」


 この辺りは閑静なリゾート地って感じで、そういったお店があるようには思えないんだが。


 それとも、一旦麓まで降りるって意味か……?


「や、じゃなくて」


 笑いながらパタパタと手を振って、美月は倉庫代わりになっていた部屋へと引っ込んでいく。


 そして、戻ってきたその腕には。


「じきゅーじそく、ってやつよ。これもキャンプの醍醐味っしょ?」


 釣り竿が四本、抱えられていた。



   ◆   ◆   ◆



「釣れないとお昼無しだかんねー、気合い入れていこう!」


 近くの川へと場所を移し、美月がその気合いを示すように力こぶを作ってみせた。


「っていっても、アタシ釣りって初めてなんだけど……」


「私も同じく、ね」


 一方、優香と玲奈はどうすればいいのかわからないって顔をしている。


 ちなみに俺も、釣りの経験は海釣りに一回行ったことがある程度だ。


「おけおけ、じゃあウチがお手本見せるから。まずねー、餌を付けてー。あっ、今回は虫とかじゃなくて練り餌を用意してるから安心してね」


 慣れた手付きで餌を付ける美月の言葉に、二人がちょっとホッとした様子を見せる。

 なお、俺も密かにホッとしていた。


「んでねー、ピュンッてっやってー」


 これまた手慣れた様子で、美月が釣り竿を振りかぶる。


「こうやって、指で糸を押さえてー。そんで、グーッってやってペイって感じっす。途中でピタッてやるのがコツね」


 美月の手にした竿から仕掛けが綺麗な放物線を描いて飛んでいき、川のちょうど真ん中辺りに吸い込まれていった。


 それ自体は見事なんだけど……。


「いや美月、それじゃ伝わらな……」


「オッケー、わかったよ!」


 苦笑と共に指摘しようとしたところ、優香の声が被さってきた。


「ピュン……グーッ、ペイッ……で、ピタッ!」


 そして、さっきの美月の言葉を口にしながら竿を振る。


 結果、仕掛けはさっきの美月とほぼ同じ軌道で川の中へと吸い込まれていった。


「いいじゃん優香先輩! いぇーい!」


「いぇーい!」


 片手で竿を支えながら、もう片方の手でハイタッチを交わす美月と優香。


「まったく、これだから感覚派は……」


 それを、玲奈が呆れ気味に見ていた。


「ははっ、やっぱ普通は伝わらない……」


「要は」


 よな、と続けようとしたけど玲奈は何やら集中モードで聞こえていない様子。


「竿の付け根を軽く握る形で振りかぶり、力を入れすぎないように投げ……大体一二〇度くらいのところで手を止めて糸を離す……ということでしょう?」


 なんて言いながら実践し、玲奈の仕掛けも綺麗な放物線を描いて川の中へと落ちた。


 流石というかなんというか……二人のスペックの高さが見事に発揮されてるな……。



   ◆   ◆   ◆



 俺も一回だけの経験を思い出しながらどうにか無様を晒さずに済み、四人で糸の先を見守ることしばらく。


「あっ、なんか引っ張られてる!? ねぇ紫垣ちゃん、これ魚が食いついてるんだよね!?」


 優香の釣り竿が、大きくしなりを見せ始める。


「うぃうぃ、一気に引っ張っちゃっ駄目だよ? 魚がグイーッてくるからこっちはそれをシュッてして、しばらくしたらはにゃーんってなってくるから、そしたらせいや! って感じで」


 もはや、何を言ってんのかわかんねーな……。


「オッケー!」


 けど、やっぱり優香にはちゃんと伝わってるらしい。


 魚の動きに合わせて竿を振り、タイミングを見計らって一気に竿を引く。


 水中から再び姿を表した糸の先には……たぶん、ヤマメかな? 見事な魚が食いついていた。


「ゲェェェェェット!」


 それを引き寄せ、優香は素早く傍らのバケツの中へ。


「おー、さっすがだねぇ優香先輩」


 美月も感嘆の声を上げてるけど、ホントに初心者とは思えない飲み込みの速さだな……。


「ふっふーん! いっちばーん! だね!」


 当の優香も、誇らしげに胸を張っている。


「もしかしたらアタシ、釣りの才能があるかも~! 玲奈、一匹も釣れなくてもアタシが玲奈の分まで釣ってあげるから安心してよね~!」


「………………」


 ニマニマ笑う優香の言葉が本心からのものなのか煽ってるのか若干判断に迷うところだけど、いずれにせよ玲奈の表情に若干イラッとした色が混じったのは確かだ。


「っ、私の方もかかったようね……!」


 そんな折、玲奈の竿もヒットを示すしなりを見せ始めた。


 そしてこちらも、初心者とは思えない堂々とした手付きで見事釣り上げる。


「玲奈先輩も、いいじゃーん」


「ふっ、この程度軽いものよ」


 ピースサインを向ける美月に対して、玲奈はそう言いながらも少し自慢げに笑った。


「どこかの誰かさんは、ビギナーズラックを才能だとか恥ずかしい勘違いをしていたようだけれど……」


 そして、優香のバケツと自分のバケツの中身を見比べる。


「どう見ても、こちらの方が大物よね」


 実際、優香が釣った魚より玲奈が釣った魚の方が一回りくらい大きい……が、なぜあえて煽りにいくのか……。


「ふ、ふーん? ま、今回はたまたまそうかもね?」


 優香は笑顔でそう返すけど、口元がピクピクと動いていた。


 そして。


「はいきました! 今日イチの大きさ! おやおやぁ? 玲奈、そっちも釣れたみたいだけど今回は随分と小物みたいだねぇ?」


「大きさだけを誇るだなんて、下品なことね。見なさい、この美しい流線型を」


「そっちが先に大きさで仕掛けてきたんでしょ!?」


「良い女は、過去にこだわらないものよ」


「良い女は自分の発言に責任を持つべきじゃない!?」


「相変わらずやかましいわね……」


「つーかこれ以上後出しで出されるの嫌だし、ハッキリ基準を決めよう! 大きさも形も不問! 純粋に数で勝負だよ!」


「望むところよ。制限時間は三十分にしましょうか」


「おっしゃ、ファイッ!」


「吠え面をかかせてあげるわ」


 瞬く間に二人はヒートアップしていって、勝負が始まってしまった。


 二人共、物凄い形相で自らの竿の先を睨んでいる。


「ねー、純粋に疑問なんだけどさ」


 それを眺めていた美月が、こっちを見ながら二人の方を指差した。


「なんで、あんなことですぐ張り合うの?」


「うん、なんでだろうね……」


 俺にはそう返すことしか出来ない。


 二人共、本来は決して喧嘩っ早いとかそんなことないんだけどな……。

 お互い、闘争本能が刺激される存在なのかな……?

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