第53話 登山にて

 美月の親戚が貸してくれるというロッジへと向かう、当日。


「っしゃー、そんじゃいよいよ登っていきますかー!」


 登山道に差し掛かったところで、伸びをしながら張り切った調子でそう言う美月。


 ここまでそこそこの時間をかけて電車を乗り継いできたんで、身体が鈍ってる気分なのかしいれない。


「そうね、道中気をつけていきましょう」


 玲奈も、準備は万端とばかりの表情で頷いていた。


「……うん、まぁ、ていうかさ。これ、今日会った時からずぅーっとツッコミ入れるべきか迷ってたんだけど……一応ツッコミ待ちだった場合のことを考えて、入れとくことにするね?」


 そんな玲奈を見ながら、優香が妙に持って回った感じで前置く。


「いや玲奈、ガチ装備すぎでしょ!?」


 そして、玲奈にツッコミを入れた。


 ちなみに、本日の玲奈の格好はといえば……ガッツリと長袖のアウターまで着込み、下はタイトなロングパンツ。

 無骨な登山靴を履き、かぶった登山帽にはでかいヘッドランプが装着されていた。

 手にはトレッキングポール、背負ったリュックもかなり巨大でピッケルも取り付けられている。


 なるほど、実に『ガチ』である。


「貴女、山を舐めているの? 何が起こっても大丈夫なよう備えるのが当然でしょう」


「その趣旨自体にはアタシも全く異論ないんだけどね……! 今から行くの、ご老人やお子様も安心してご利用いただけるハイキングコースなんだわ……! なんなら傾斜もゆっるゆるでトレッキングポールの出番もないと思うし、ピッケルに至ってはいつ使うつもりなの……!?」


「それでも備えておくのが山ガールというやつよ」


「いや、山ガールってそういうのじゃないから! むしろ正反対の、『はー? これから街中でデートのご予定ですかー?』って感じの格好で山に挑む舐め腐った連中を指す言葉だから!」


「貴女、山ガールに何か恨みでもあるの……?」


「山を! 舐めるな!」


「なら、やっぱり私が正解なんじゃないの……」


「でも流石に玲奈はもうちょっと舐めた方がいいと思う!」


「どっちなのよ……」


「てか、なんで一かゼロしか選択肢がないの!? 二進数で思考してらっしゃる!?」


「やかましいわね……」


 叫ぶ優香に対して、玲奈は迷惑そな顔をしていた。


「やー、カノパイ方は今日も絶好調っすねー」


 それを、美月が微笑ましげに見ている。


 最近は、割とこの構図が多いよな……。


「ほら二人共、いつまでもこんなとこで喋ってないでさっさと移動しようぜ」


 このまま放っとくといつまで続くかわからんので、パンと手を叩いて仕切り直す。


「そだねー……今の玲奈と並んで歩くのは、ちょっと恥ずかしいけど」


「失礼ね、遭難しても助けてあげないわよ?」


「一応、助けてくれるつもりはあったんだね……」


「それはそうでしょう、友達だもの」


「……玲奈って、急にぶっ込んでくるとこあるよね」


「……?」


「あっはー、カノパイたちラブラブじゃーん!」


 なんて言いながら、俺たちはロッジを目指して歩き始めたのだった。



   ◆   ◆   ◆



 優香がさっき言ってた通り、整備された道は登山道って呼べるのかもちょっと微妙な緩さだ。


 俺たちは、特に問題もなく歩き進めていた。


「玲奈、リュック重いだろ? 俺が持つよ」


 とはいえ、負担が少ないに越したことはないだろう。

 そう思って申し出たんだけど。


「それには及ばないわ。自分の荷物は、自分で。これも鉄則よ」


「まぁ、無駄に過剰装備してきたのは玲奈の自業自得でしかないもんね……」


 スッと手の平を突き出してくる玲奈に、優香が半笑いを浮かべる。


 どうやら玲奈も強がってるってわけじゃなさそうだし、余計なお世話だったか。

 そういや、デイリートライアスロンで鍛えてるって言ってたもんな……。


「んー、にしても自然の中って癒やされるよねー」


 気を取り直した様子の優香は、気持ちよさそうに大きく伸びをする。


「そうね、たまには都会の喧騒を離れるのも良いものね」


 まぁ、俺らの地元が都会なのっつーと微妙なところだけどな……。


 とはいえ、確かにこうして自然に囲まれるってのも良いもんだ。


「あっ、コウ先輩。そこ、虫ついてるよ?」


「っ……!?」


 って、マジかよ!? ファッキン自然!


「ど、どこだ……!?」


 焦って身体中を見回してみるけど、見当たらねぇ……!


「ほら、ここ」


 と、美月はそっと俺の後頭部に触れる。


「ほいっと」


 そして手を離すと、確かに大きめの羽虫が飛んでいくのが見えた。


 ぐえー、あんなのが頭についていたとは……。


「素手でいったわね……」


「美月ちゃん、虫いける系女子なんだ……」


 事も無げに虫を取った美月に対して、玲奈と優香と感心とちょっと引いた感じが入り混じったような表情だった。


「ウチ、子供の頃はけっこー田舎の方で育ったんでー。割と余裕っすねー」


 美月はケロリとそう言うだけで、特に気にした様子もない。


「サンキュ……ははっ、格好悪いとこ見せちゃったな」


 男として……って言葉もあんまり良くないのかもしれないけど、虫にビビって仮にも彼女に取ってもらう彼氏ってのはだいぶ格好悪いよな……。


「んー? 別にウチは、格好悪いとか思わないけど?」


 だけど美月は、そう言ってくれる。


「虫が大丈夫な女子もいれば、大丈夫じゃない男子もいる。それだけの話っしょ」


「……そうだな」


 全く以てその通りで、俺の心も少し軽くなった。


「……あっ、でもぉ?」


 次いで、美月はなぜかニッと笑って顔を近づけてくる。


「さっきの怯えるコウ先輩は、ちょーっと可愛くて……食べちゃいたくなったかも?」


「っ!?」


 くっ、顔が良い……! 至近距離でこれは、破壊力が高いぞ……!?


「ちょ、ちょっと! それ以上孝平くんに顔を近づけるのは禁止よ!」


「そうだよ! 孝平を性的な目で見ないでください!」


 と、俺と美月の顔の間に二つの手が割り込んできた。


「……まぁ性的な目で見ているという点に関しては、優香が言えた義理ではないと思うけれど」


「なんで急にこっちに矛先向けてくるの!? あとそれ全力でブーメランだからね!?」


 そして、謎に飛び火する。


「やー、安心してください。カノパイ方のことも可愛いと思ってるんでー」


「別にそんなところの心配をしているわけではないわ……」


「えっ、ていうかそれってさ……」


 微笑む美月に玲奈は呆れ顔、そして優香は何かに気付いたような表情となった。


「アタシたちのことも、そういう・・・・目で見てるってこと?」


「ふふっ」


 優香の疑問に対して、美月はイタズラっぽく微笑む。


「どうだと思う?」


 それが、妙に男前に見えて。


「んぐっ……なんか、一瞬ドキッとしちゃった……!?」


「くっ……これは気の迷いよ……!」


 二人と共に、俺もまた密かにドキッとしているのだった。

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