第52話 海 or 山

「ねーねー、みんな夏休みはどうすんスかー?」


 夏休みも間近に控えたある日、美月がそう尋ねてきた。


「そういえば、夏休みの計画が白紙だったわね……」


「ちょっと前まで、期末テストで頭いっぱいだったもんねー……」


「貴女の場合は、孝平くんとのピンクな妄想で頭がいっぱいだった、の間違いでしょう」


「それはこっちの台詞すぎるんですけど!? 今度こそ正式に言うこと聞いてもらうためだからって、めっちゃ厳しかったじゃん! 相手が玲奈じゃなかったら、次は法定でお会いしましょうって言ってたからねだいぶ早い時点で!」


 やれやれと肩をすくめる玲奈に、美月が心外だとばかりに噛み付いた。


「まー、カノパイたちのプレイについては置いとくとして」


『プレイではない!』


 置いといて、のジェスチャーをする美月に今度は二人で心外だとばかりに噛み付く。


「夏休み、どっか遊び行こうよー。出来れば泊まりでさっ」


 仮にも上級生から詰め寄られてこのスルーっぷりは、やっぱ美月の大物っぷりを示してるんだろうか……。


「悪くない提案ね」


「確かに、いいかもっ」


 二人も頭を切り替えたみたいで、うんうんと頷く。


「んじゃねー。やっぱ、夏って言ったら海……」


「それは禁止!」


 美月の言葉を遮って、優香が腕で大きくバッテンを作った。


「なんで? 『勝負』的にも、優香先輩のフィールドじゃん?」


「ふっ……アタシだって最初はそう思ってたよ」


 ポキュッと首を捻る美月を相手に、優香はどこかニヒルに笑う。


「だけどね……人は、所詮芸術品には勝てないんだよ……」


「ほーん? よくわかんないけど、優香先輩は海イヤなんすねー」


 すげぇな美月、今の優香の発言に対して一切の質問がないとは……。


「私も、水着であまり人の多いところに行くのはちょっとね……」


 前のプールの件を思い出しているんだろう玲奈も、微妙そうな表情だ。


「オッケー、んじゃ山ってことでけってーい!」


 なんか、美月の中ではもう決まってしまったらしい。


「別に構わないけれど……」


「海か山の二択しかないの……?」


 玲奈と優香も苦笑を浮かべている。


「夏って、海か山じゃん?」


 一方、美月は何の疑問もないって表情だ。


「優香みを感じる発言だけれど、この子これで主席合格なのよね……」


「ねぇ、アタシの名前を馬鹿の代名詞みたいに使うのやめてくんない……?」


 軽く溜息を吐く玲奈へと優香がジト目を向ける。


「ロッジ借りてー、BBQは必須イベントでー、あっ、川で遊ぶのもいいよね。そうなると、やっぱ山で正解かも」


 そんな二人のやり取りももう慣れっこってことか、美月は完全スルー。

 ……いや、割と最初の頃からスルーしてたような気もするけど。


 それはともかく。


「けど、ロッジに泊まったりするとなるとちょっと懐の状況が怪しいかもしれないな……」


「あー、アタシもかもー」


 なんだかんだ、今年に入ってから二人と色んなとこ行ったりして散財したからな……。


「短期のバイトでも探すか……」


「おっとコウ先輩、そこはウチに任せてよ」


「ん? バイトを紹介してくれるのか?」


「てか、ウチの親戚がロッジ持ってるんでー。頼んだら貸してくれんだよねー」


「あぁ、そうなんだ?」


「だから、宿泊費は無しでおけおけ。BBQセットとかも向こうにあるの使っていいし。そん代わり、毎回ロッジの中の掃除を頼まれるんだけどねー」


「そんくらいならお安い御用だ」


 宿泊費が浮くなら、今の手持ちでどうにかなるだろう。


「アタシも、それなら大丈夫! 助かったー! 部活あるから、あんまバイトとかも出来ないしさー! ありがとね、紫垣ちゃん!」


 優香もホッとした表情を浮かべている。


「まー、ウチっつーか親戚のおかげなんでー」


「それでも、貴女がいたからこそ縁が繋がったんだもの。素直にお礼を受け取っておきなさい」


「うぃうぃ、そういうことならどういたしましてー」


 美月のおかげで、すんなりと予定が決まったな。

 いつもだったら、二人が色々と画策して大体この段階で揉める流れだもんな……。



   ◆   ◆   ◆



【紅林優香】


 ふっ……今日のアタシ、なかなか演技派じゃない?

 紫垣ちゃんの提案に、流れで乗ったようにしか見えなかったよね?


 だけど、今回は最初から山に誘導するつもりだったんだよね。


 なにせ山といえば、アクティブなアタシにピッタリ!

 孝平をグイグイ引っ張ってあげて、玲奈に差をつけちゃうんだから!


 まぁ、ぶっちゃけ山遊びとかあんましたことないんだけど……ノリでなんとかなるっしょ!



   ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 山……なるほど、山ね。

 悪くないでしょう。


 山といえば、街中とは違って様々な知識が試される場。

 こう見えて私は、アウトドア系の知識もかなり蓄えているのよ。


 それを実地で披露することで、普段とのギャップも相まって孝平くんの好感度アップは間違いなしと言えるわ。


 まぁ、本で読んだだけで実際に試したことはないけれど……どうにかなるでしょう。



   ◆   ◆   ◆



【白石孝平】


 うーん……なぜだろうな……。


 予定はすんなり決まったはずなのに、全然当日すんなりいきそうな気配を感じられないのは……。

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