SS5 IF:出会いが社会人だったなら

※今回はIF世界線ですので、本編とは多少性格に齟齬が生じている場合がございます。

―――――――――――――――――――――




『かんぱーい!』


 居酒屋にて、俺たちはビールの注がれたグラスを突き合わせる。


「かーっ! 最初の一口が一番うめぇよなぁ!」


「あははっ、孝平おじさん臭いよー」


「だけど、確かに最初の一口が一番美味しいのは事実よね」


 まず最初の一口を飲み終え、優香がケラケラ笑って玲奈も微笑んだ。


 俺たち三人は、同期入社。

 ずっと同じチームに配属されてきたこともあって、気の知れた仲だ。


「サラダ取り分けるよー。あっ、たこわさは玲奈が注文したやつだよね。はい、お箸と取り皿も」


 早速、優香がテキパキと取り仕切っていく。


「相変わらずの手際ね……」


 そんな様を、玲奈が感心の面持ちで見ていた。


「やー、しかし無事に終わって良かったなー」


 ちなみに、今回は俺たちが担当していたプロジェクトが完了しての打ち上げだ。


「動確の最後の最後でバグが見つかった時はどうなるかと思ったけど、玲奈がログと設定を鬼スピードで洗ってくれたおかげで助かった。それに、優香が他のチームとの連携を一手に担当してくれたおかげで色々とスムーズだったよ」


 ぶっちゃけ、この二人がいなければ今回のプロジェクトは炎上必至だったろう。


「自分の実績を謙遜するつもりはないけれど……これも、孝平くんが日々細かい部分のケアをずっと欠かさずに続けてくれたおかげよ」


「そーそー、縁の下の力持ちってやつ?」


「ははっ、そう言われると照れるな」


 微苦笑しながら、頬を掻く。


「それにしても……私にとってこのプロジェクトは重要な意味を持っていたから、本当に良かったわ」


「ふーん? 玲奈、半期目標で割合でっかく書いたりしたの?」


 ほぅと安堵の溜め息を吐く玲奈に、優香が何気ない調子で尋ねた。


 ちなみに俺も、玲奈が今回のプロジェクトにそんなに入れ込んでたとは初耳だ。


「だって孝平くん、約束してくれたものね」


 んんっ……? 俺……?


「このプロジェクトが終わったら」


 玲奈は、そっと手を持ち上げて……薬指のリングを愛おしげに撫でる。


「結婚、しようって」


「うぇっ!?」


 続いた言葉に、優香が限界近くまで見開いた目を俺に向けてきた。


「そうなの!?」


「いや、そんな約束してないです……」


 優香の問いに、苦笑気味に答える。


「なんだ嘘かー。もう、ビビったわー」


「ふふっ、まんまと引っかかったわね。貴女なら、これが右手だってことにも気付かないと思った」


「うーわ、マジじゃーん。してやられたー」


 してやったりな顔の玲奈と、頭を抱える優香。


「……だけど」


 ふと表情を改めて、玲奈が俺の方を見る。


「本当のことにてくれてもいいのよ? 孝平くん?」


 妖艶に笑ってそんなことを言ってくる玲奈に、思わずドキリとしてしまった。


「むっ……」


 そんな俺を見て、優香が面白くなさそうな表情となる。


「やー、でもさー。玲奈と結婚すると苦労するかもだよー?」


 それから、どこか意地の悪い調子で笑った。


「玲奈の部屋って、いつ遊びに行っても大体ぐっちゃぐちゃで……」


「ちょっ……! それを言うのは無しでしょう貴女……!」


 優香の口を玲奈が慌てて塞ぐ。


 が、時既に遅しというかほとんど全部聞こえちゃったよな……。


「俺がお邪魔した時は、モデルルームみたいに綺麗だったけど……」


 ここで露骨に話題を変えるのも流石にどうかと思い、フォローを試みる。


「ふぉふぃふふふぉっふぇふぁんふぁふぁひ?」


「別に取り繕ってなどいないわ……! いつもあの通りよ……!」


 あぁ、「取り繕ってたんじゃない?」って言ったのか……優香は口塞がれたまま喋ってんのによくわかったな玲奈……。


「へふぁっふぇ、ふぃふぁいふぉふふぉふぁふぁふぉふぉあふふぉふぇー」


「いいえ、私にズボラな部分など存在しないの! ただ、日々忙殺される中で少しだけ片付けが後回しになるケースも無いとは言えないだけで……!」


 いや、ホントよくわかるな……。


「ぷはっ……というわけで、結婚するなら断然アタシがオススメだよ孝平!」


 玲奈が手を離したところで、優香は自分を指してウインク一つ。


「これは言わないでおこうと思ったけれど、そっちがそのつもりなら仕方ないわね……」


 と、玲奈は目を鋭くする。


「今の時代、共働きは当たり前よね? そしてこれまでの社内評価から考えて、私の方が優香より出世スピードが速いのは明らか。つまり、生涯年収的に私の方が上なのも確定的に明らか! 結婚するならこの私よ!」


「ぐむっ……! この女、シンプルに金の力で殴ってきたね……!?」


 ズビシと自分を指す玲奈に対して、優香はちょっと怯んだ様子だ。


「だけど、愛はお金じゃないでしょ!」


「そうかもしれない。でも、お金のない生活は愛を擦り減らすのよ」


「それっぽいことを……! ていうか、アタシと結婚したって『お金がない』ってレベルの生活にはならないし!」


「でも貴女、絶対家計をどんぶり勘定で回すでしょう?」


「風評被害感が凄いけど、実際否定は出来ないかもしれない……!」


「その点、私ならキッチリと家計を管理するわ」


「でも玲奈って、なんかロハスな系統とかにハマって無駄に散財しそうだし……!」


「それこそ妙な風評被害はやめなさい……!」



   ◆   ◆   ◆


 なんて、日々こんな感じのやり取りをしてるわけだけど。


 時折、ふと考えることがある。


 例えば……二人との出会いが、学生の時だったらどんな感じだっただろう? なんて。


 そして、その度に思うんだ。


「孝平くん!」


「孝平!」


『どっちと結婚したい!?』


 なんか、あんま変わんねーような気がするな? と。







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本作の特設サイトを作っていただきました。

けけもつ様に描いていただきました素晴らしい口絵も公開されておりますので、是非ご覧になってくださいな。

書籍版、2021年1月1月にスニーカー文庫より発売です。

https://sneakerbunko.jp/series/motokano-imakano/

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