第37話 彼女たちの関係性

 美術部見学も終えての午後。


「優香、今日の放課後辺り陸上部に見学に行ってもいいかな?」


「はぇ……?」


 俺の提案に、優香はコテンと首を傾けた。


「いいけど、なんでまた唐突に?」


「ほら、昼に美術部を見学させてもらったろ? それだけだと、『勝負』の上で不公平かなって」


 チラリと玲奈に目を向けると、素知らぬ顔。

 この件について文句はない、ってことだろう。


「オッケー、そういうことなら大歓迎だよ!」


 優香にも、ニパッと笑ってくれる。


「……ちなみに」


 とそこで、玲奈が口を開いた。


「公平性を重んじるという意味では、私には当然同行の権利があるわけよね?」


「まー、好きにしたらいいんじゃなーい? 別に見学が一人二人増えたところで何が変わるわけでもないし」


 言葉通り、優香もこっちに関しては割とどうでも良さげだ。


「てか、せっかくだし見学だけじゃなくて一緒にやる? 青海さん、いかにも運動不足そうだしさ」


「失礼ね。美容と健康のためにストレッチと、水泳、サイクリング、ランニングは毎日欠かしていないわよ」


「お、おぅ……思ったよりガチだった……デイリートライアスロンしてる人とか、初めて見たよ……」


「おかげで、去年の体力測定の結果は学年でも上位だったわ」


「ふっふーん! それを言うなら、アタシなんて学年一位だったもんね!」


「貴女の場合、運動まで出来ないとなると本当に救いようがないものね……元気に産んでくださった親御さんに感謝なさい?」


「ちょっと、どういう意味!?」


「あら、まさか今の言葉の意味を理解する程度の知能さえお持ちでない?」


「ムッキー! ………………ムッキー!」


「なぜ二度言ったの……?」


「何か反論しようと思ったけど、反論の言葉を持ち合わせていないことに気付いた!」


「……まぁ、貴女の場合はアレよね。ちゃんと自覚しているだけ、プライドだけが無駄に膨れ上がった馬鹿よりは随分マシだと思うわ」


「青海さんにガチな感じで慰められると、なんかめっちゃ腹が立つな!?」


「そう、なら余計な気遣いだったわね……ほほほほ! なんて無様な姿でしょう! あまりに滑稽でお腹が捩れてしまいそうよ!」


「だからと言って嘲笑えとは言ってないんですけど!? 普通にこっちの方がもっと腹立つし!」


 とまぁ、そんな感じで。


 とにもかくにも、放課後は陸上部にお邪魔することが決まった。



 ◆   ◆   ◆



 そして放課後。

 着替え終えた優香と一緒に、俺と玲奈はグラウンドに顔を出していた。


「チャース!」


 元気な挨拶と共に、優香が先頭を歩く。


『チャース!』


 先に来てた部員さんたちから、これまた元気な挨拶の声が返ってきた。


「あれっ? 優香、そっちの人は?」


「白石くんじゃーん」


「おいおい、男同伴かよー!」


「流石、彼氏持ちは違いますなー」


 そして、たちまち俺たちは部員さんたちに囲まれる。


 この辺り、美術部の時とは割と対照的な光景と言えるのかもしれない。


「はいっ! こちら、アタシの『彼氏』の白石孝平です! 今日、見学させてもらってもいいですかっ?」


『オッケー!』


 優香の問いかけに、即座に返事が返ってくる。


「あっ、でも白石くん。部員たちをやらしい目で見ちゃ駄目だぞー?」


「あはは……大丈夫です、優香しか見ませんので」


「おっ、見せつけてくれるねー!」


「ヒューヒュー!」


 ていうか、全体的にノリが良いな……。


「えっと……それでそちらは、青海さん……だよね?」


 だけど流石にと言うか、玲奈に話しかける時はちょっと緊張気味に見えた。


「はい。孝平くんの『彼女』の青海玲奈です。私も、見学させていただいてよろしいですか?」


『お、おぅ……』


 優香のホームとも言えるこの場で堂々と宣言する辺り、流石としか言いようがないな……。


「ちょっとちょっと青海さーん、自己紹介が間違ってるんじゃなーい? 『元カノ』、でしょー?」


「チィッ! ……孝平くんの『彼女』の青海玲奈です」


「なんでもっかい言ったの!? 舌打ち挟んだらオッケーになるとかそんな制度ないよ!?」


「いちいちやかましい女ね……」


「青海さんの方から言い出したんだから、そこはちゃんとしてよね! アタシに敬意を表して、自ら『元カノ』を名乗ったんでしょ!」


「……よくよく考えてみれば今の貴女に対しては別に敬意を表していないし、その点は訂正してもいい気がしてきたわ」


「ちょっとどういう意味!?」


「えっ……? 逆に驚きなのだけれど、今までのアレコレを振り返って本当に自分が未だに敬意を抱かれるような存在だと思っているの?」


「そういうの、青海さんにだけは言われたくないんだけど!?」


「は?」


「はぁん?」


 なんて睨み合う二人は、当然のことながらめちゃくちゃ部員の皆さんから注目されていた。


「いやはや……これは、少し意外だね」


 と、俺の隣に立って小声で話しかけてくるのは……確か、この人が陸上部の部長さんだな。

 俺たちと同じ中学出身で、中三の時も陸上部の部長をやってたはずだ。


「ははっ……玲奈の奴、噂より全然喋るでしょう?」


 ここは、美術部でも驚かれたところである。


「うん、まぁ、そこもそうなんだけど」


 だけど、部長さん的にはどうやらそれだけじゃないって感じだ。


「優香の方もね」


 と、面白そうにクスクスと笑う。


「元々歯に衣を着せないタイプの子ではあるけど、ここまでバチバチにやり合ってるのを見るのは初めてだよ」


「あー……なるほど、確かに」


 なんか俺も慣れちゃってたけど、優香が……というか、普通の人はここまでやり合うことなんてないもんな……。


「楽しそうで何よりだよ」


 楽しそう……かなぁ?


「恐らく君は、知らないだろうけど」


 二人から目を離し、部長さんは俺のことをジッと見てくる。


「元々、優香は諦めていたんだ」


「えっ……?」


 何のことかわからず、思わずそんな声が出た。


 が、すぐに察する。


「そう、君のことをね」


 俺が察したことを察したらしい部長が、ピッと俺の胸の辺りを指差した。


「まぁ、君の気持ちが青海さんに向いていたからというのもあるだろうけれど……あの子は、肝心なところで引いてしまうというか譲ってしまうところがあるから」


 それも、なんとなくわかる気がする。

 優香は、根っこのところじゃ自分よりも他の人を優先してしまう優しい子だから。


『はぁん!?』


 未だ睨み合っている二人を見る部長さんの目には、優しい光が宿っていた。


「うん……表立って遠慮なくやり合えるこの関係、良いものだと思うよ」


 その微笑が、若干苦笑気味に変化する。


「まぁ、流石にこの場でいつまでも続けてもらっちゃ困るわけだけど」


 たぶん、二人の睨み合いに終わる気配がないからだろう。


「優香ー? いつまでも青海さんとイチャついてないで、さっさとアップに入りなさーい」


「イチャついてたわけでは決してないですが、はーい!」


 元気に手を挙げて、表情を改めた優香はグラウンドの方へと駆けていく。


「それじゃ、ゆっくり見学していってね」


 俺に向けて片手を上げてから……部長さんは、今度は玲奈の方へと向かっていった。

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