第36話 美術部の高嶺の花
【紅林優香】
「それじゃ孝平くん、こっちに」
「あぁ」
孝平を伴って、青海さんは端っこに置いてあるキャンパスの方に歩いていく。
「すみません、アタシこの席座らせてもらっていいですか?」
「あっ、はいっ、大丈夫ですっ」
そんな二人……というか、青海さん? をなぜかポカンとした感じで見てる部員さんの一人に尋ねると、ちょっと慌てた様子で表情を改めて頷いてくれた。
「……あの」
それから、声を潜めてコソッとアタシに話しかけてくる。
「凄いですね、紅林先輩」
「ん? 何が?」
どうやら後輩ちゃんっぽいので、タメ口で応じることにした。
「あの青海先輩と……あんな風に、話すなんて」
「そう? 別に普通だと思うけど」
「絶対普通じゃないですよ……!」
実際、アタシにとっては普通なんだけどなぁ……まぁ、言いたいことはわかるけど。
「なんか孤高の高嶺の花みたいに思われてるのかもだけどさー、アタシからすればただのムッツリスケベなちょいコミュ障なんだからあれくらい雑な感じで扱ってやりゃいいんだよ」
「聞こえてるわよ、誰がムッツリスケベなちょいコミュ障だと言うの」
「ぴぁ!?」
アタシを睨んでくる青海さんに対して、なぜか隣の後輩ちゃんが悲鳴を上げる。
「………………」
青海さんは、ちょっと気まずそうな表情になって目を逸らした。
「別に今のも、じゃれ合いの一種みたいもんだよ?」
「そ、そうなんですか……? 暗殺者に睨まれたような気分でしたけど……」
「あはは、大げさだなぁ。ガルルゥ、って睨み返してやるのが正解だから」
「そんなこと出来ませんよぅ……!」
まぁ……ね。
アタシだって、前は青海さんに対して似たような印象を抱いてた。
孝平との一件がなければ、青海さんとこんな風なやり取りすることなんて一生なかったと思う。
「ねぇ……紅林さんは、いつも青海さんとあんな風に話してるの?」
と、尋ねてきたのは部長さん。
「そうですね、大体あんな感じです」
「そうなんだ……」
なんとなく、思ううところがありそうな表情を浮かべてる。
「今の青海さん、怒ってなかった……?」
「怒って……ない、とは言い切れないかもですけど。さっきあの女もアタシのことさんざんピンクだとか言ってきたし、お互い様っていうか。別に、そんな気にしてないと思いますよ」
「そう……なの?」
納得してるようなしてないような、微妙な返事。
「あんまり表情が変わらないんでわかりづらいですけど、青海さんがガチでキレてることなんて……まぁアタシに対してはなくもない気はしますけど、普通の人に対しては基本ないんで」
今までのアレコレを思い出すと、アタシに関しては例外にせざるをえない気がしてきたのでこんな言い方になった。
「紅林さんは普通の人じゃないの……?」
「まぁ、あの、関係性が関係性なんで……」
「あぁ……」
思わず苦笑を漏らすと、部長さんも苦行気味に。
「……もしかしたら」
ポツリと、部長さんが呟く。
「もしかしたら私たち、誤解してたのかな?」
「はぁ、誤解ですか?」
首を傾げながら問い返すと、部長さんはコクンと小さく頷いた。
「青海さんは、孤独を望んで人を遠ざけてるんだって……ずっと、そう思ってたんだけど」
「あはは、確かにそれは誤解ですねー」
実際のとこは、むしろ構ってちゃんの部類だし。
まぁ、その方向が孝平にしか向いてない感はあるけどね。
「だから、皆でガンガン話しかけちゃえばいいと思いますよ?」
「でも、そんな……恐れ多いです」
と、未だに後輩ちゃんは恐縮しきりの表情だ。
「恐れ多いだなんて、そんな良いもんじゃ……」
ない、って言おうとして。
言葉を続けることが出来なかった。
最初は、話しながら孝平の様子を窺うつもりだった。
だけど……
それほどに、青海さんが絵を描く姿が『完成されていた』から。
全ての感情が抜け落ちたみたいな無表情なのに……あるいは、だからこそ。
それは、一枚の絵画みたいに美しい光景だった。
まるで視線を引き寄せる重力でも持ってるみたいに、その一挙動から目が離せなくなっちゃう。
『……はぁ』
思わず溜め息が漏れた。
同じタイミングで周囲からも同じ音が漏れ聞こえたけど、確認する気にもなれない。
いつまでも見ていたいと、そう思わせる魅力を持っていた。
「……あぁ」
なるほど。
アタシは今、本当の意味で理解した。
青海さんが、孤高を望むと誤解されていた理由を。
それはまぁ、普段の言動がアレだからっていうのもあるんだろうけど……何よりも。
自分が触れちゃいけないって、そんな風に思わせられるんだ。
この、アタシでさえも。
……まっ、だからって今後の態度を変えてやったりはしないけどね!
「そういう、ことなんだね」
同時に。
これも、本当の意味で理解してしまった。
孝平が、どうして青海さんに惹かれたのか。
アタシは、アレな感じの青海さんばっか見てきたからなんか忘れてたけど……
だけどきっと、この美しさだけが理由じゃない。
孤高の高嶺の花は、ホントは孤独を望んでなんてなくて。
そんなあの子が自分だけ見せてくれる顔……だなんて、反則じゃん?
正直、アタシでも惚れるかもしれん。
……でも。
そんな青海さんが相手だからこそ、アタシは──
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