第34話 金森日和から見た三人・3

【金森日和】


「執事ゲーム、というのをやってみない?」


 青海さんのその言葉を聞いた瞬間、私は席を立って早足に廊下へと向かった。


 今度こそは……今度こそは巻き込まれないようにしないと……!

 白石くんは空気の読める人だし、私のこの急いでる感を察して今度こそ話しかけてくることは……。


「審判の人、ちょっと待ってもらえるかしら」


 ほぎゃあ!? あんまり空気とか読む気なさそうな人に捕捉されたぁ!?

 ていうか、なんか『審判の人』呼ばわりされている!?


 まぁそりゃ、青海さんは私の名前なんて覚えてないだろうけど……。


「ねぇ、執事ゲームって知っている?」


「い、いえ……」


「王様ゲームと似たようなものよ。だけど執事ゲームでは選ばれた人が直接命令するんじゃなくて、事前に参加者全員でいくつかの紙に命令を書いて抽選箱に入れておくの。そこからくじを引いて番号と執事を決める、という流れは名前が違うだけで王様ゲームと同じね。それで、執事は抽選箱から命令を引く。このランダム性が、王様ゲームとの違い」


「は、はぁ……」


 淀みなく説明してくれたけど……ちょっと意外だなぁ。

 青海さん、こういう俗っぽい? ゲームとかには疎そうなイメージだったんだけど……。


「なんか青海さん、詳しいね。ちょっと意外かもー」


 紅林さんもそう思ったのか、そんなコメントを口にする


「孝平くんを落とすために、合コン系のゲームを一通り学習してきたのよ」


 そうなんだ……なんかドヤってるけど、白石くんを落とすのに合コン系のゲームってあんまり有効とは思えないような……。

 青海さん、こういうとこちょっとズレてるよね……。


「それで……本来であれば、このゲームに審判役なんて必要ないのだけれど。このメンバーの場合、一つ懸念事項があってね」


 青海さんは、スッと目を細めて紅林さんの方を見た。


「金森さんには事前に命令の内容を確認してもらって、そこの脳内ピンク一色女が変な命令を入れていたら弾いてほしいの」


「ちょっとー、誰が脳内ピンク一色女よ失礼な!」


 あっ……私の名前、青海さんも覚えててくれたんだ……。


「えと、なんでそれを私に……?」


 ただ、青海さんがわざわざ私に声をかけてきた理由がよくわからなかった。


「私、こんなことを頼める友達なんて他にいないもの」


「あ、はい……」


 めちゃくちゃ断りづらい理由きたね!?


 ていうか青海さん、私のこと友達だと思ってくれてるんだ……。

 嬉しいような、青海さんの交友関係を思うと悲しくなってくるような……。


「ま、まぁ、いい……けど……」


 今までと違って、事前に弾くだけなら揉めたりはしない……よね?

 そう思って、小さく頷いて返す。


「ありがとう、助かるわ」


「ありがとね、金森ちゃん!」


「毎度悪いね、金森さん」


 流石に私も、多少は慣れてきたしね……。


「それじゃ、一人五個くらい書くか?」


「そうね」


「オッケーイ」


 白石くんの言葉に頷いて、三人はそれぞれ手元に目を落としてペンを走らせ始めた。

 そのまま、待つことちょっとの間。


「じゃあ金森さん、よろしく頼むね。公序良俗に反するようなのがあったら弾く感じで」


「うん」


 合計十五枚の紙を受け取って、三人からは見えないようにしながら広げていく。


『一番が二番の顔を正面からギュッと抱きしめてあげる』


 これは、たぶん紅林さんが書いたやつかな……。


 うーん……絵的に怪しいお店みたいになっちゃいそうだし、アウト……だよね。


『三番が一番に情熱的にキス』


 これは青海さんが書いたやつかなぁ……?

 なんとなくの傾向が見えるね。


 ていうか二人共、なんか自分と白石くんが番号に合致することを前提として書いてない……?

 キスとか、紅林さんと青海さんが当たったら完全に事故だと思うんだけど……そういう意味でも、まぁアウト。


『二番が三番にデコピン』


 あっ、これは白石くんだな。

 これはセーフ、っと。


 あとは……アウト……アウト……セーフ……アウト、アウト、アウト……。



 ◆   ◆   ◆



 そうして、選別を終えた結果。


「あの……五枚しか、残らなかったんだけど……」


 それも、残ったのは全部白石くんが書いたと思われるやつ……。


「はんっ! 案の定じゃない、この脳内ピンク一色女!」


「今の数字聞いてなかったの!? 青海さんの方こそピンク一色でしょ!」


 おずおずと告げた私の言葉を受けて、二人がバチバチと火花を散らす。


 ていうかお互い、相手が出した案がアウトだったんだろうって信頼感が凄いね……。


「つーか、これじゃゲームになんねーな」


 白石くんがそう言って苦笑を浮かべる。


 確かに、このままじゃ白石くんは全部の命令の内容知ってることになっちゃうからね……サプライズ感ゼロだよ……。


「あっ、そうだ!」


 とそこで、紅林さんが何かを思いついた表情で指を立てた。


「金森ちゃんも一緒にやろうよ!」


「えっ……?」


 続いた言葉に、私は思わずキョトンとしてしまう。


 だって、私が一緒にだなんて……考えたこともなかったから。


「そうね、今回の審判としての役割はもう終わったし」


「いつも審判だけやってもらうのも申し訳ないしな」


 わ、私も参加する方向で話が勝手に進んでる……!


「え、えっと、でも、それだと……今度は、私の書いた命令を判定する人が別途必要になってくるんじゃ……?」


 なんとなく思い浮かんだことが、勝手に口から飛び出した。


「ははっ、金森さんなら変なこと書かないって信頼してるし大丈夫だよ」


「元々、この女を抑制するためだけに審判を頼んだのだしね」


「青海さん、なんでこの期に及んで自分は違うって面なの……?」


 三人は、当然って表情で……わわっ、なんか……嬉しい、な……。


「あ、うん、じゃあ……!」


 口をもにょもにょさせつつ、慌てて私も手元を隠しながらペンを走らせる。


 ふふっ……こういうゲームに参加するの、初めてだけど……楽しい、な……!



 ◆   ◆   ◆



 私からの『命令』五つを加えて、紙で作った即席の抽選箱に入れる。


「そんじゃ、くじ引いてな」


 それから、割り箸で作ったくじを白石くんの手から一斉に引いた。


「あっ……執事、私だ」


 すると、私が引いたのに書かれたのは番号じゃなくて★マーク。

 執事の印だ。


「それじゃ、今回は私が命令を選ぶね」


 そう断って、抽選箱から四つ折りになった紙を一枚取った。


 開いてみると……。


「『一番が三番に思いっきりビンタ』、だね」


『えっ……?』


 私が読み上げると、三人はなぜかギョッとした表情に。


「孝平くん……そういう趣味があったの……?」


「孝平の全てを受け入れてあげたいとは思ってるけど、流石にこれは……うーん……」


「いや待ってくれ、俺が書いたわけじゃないぞ!?」


『えっ……?』


 もう一度声をハモらせながら、青海さんと紅林さんがゆっくりとこっちを見る。


「あ、うん、書いたの私だけど……?」


「……よく考えてみれば、仮に孝平くんが書いたものだとしても金森さんの検閲は乗り越えているということだったわね」


「どっちにしろ、戦犯金森ちゃんかぁ……」


 なんでそんな、「信じがたい」って感じの目なんだろう……?


「ていうか金森ちゃん、自分が三番になった時のこと想定してなくない……?」


「えっ……? むしろ、自分が三番だったらいいなって思って書いたんだけど……」


『えっ……?』


 あれー?

 何なんだろう、この空気感……もしかして私、ドン引きされてる……?


 今回の命令は、五枚の中じゃ一番ソフトなやつなんだけどな……?

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