第33話 俺様なカレ
とある昼休み、廊下にて。
「おっと……玲奈、よそ見してると危ないぞ」
優香と言い争っていて、前方不注意になっていた玲奈。
沢山の荷物を抱えてて前が見えてないらしい男子生徒とぶつかりそうだったんで、咄嗟に引き寄せて壁際に退避する。
結果。
「あー、いいなーいいなー壁ドン!」
優香が言う通り、壁ドンみたいな体勢になった。
「あ、ありがとう……なるほど、こういうのも悪くはないわね」
少し目を逸らしながら、玲奈は口元をもにょもにょさせる。
「孝平、アタシもアタシも!」
「ははっ、了解」
両手を上げてアピールする優香へと、笑って応じる。
「はいっ、いつでもどうぞ!」
壁際に背を付けて、準備万端といった感じの優香。
そこに半ば覆いかぶさるような形で、壁に手をつく。
「こんな感じか?」
「んー! いいねぇこの距離感!」
優香も笑顔でご満悦の様子だ。
「……あー、でも」
かと思えば、その笑顔が引っ込んだ。
「なんていうかこう……荒々しさが足りないっていうか? もうちょっと、襲われてる感みたいなのがほしいところだよね」
「貴女、マゾっ気もあったの……?」
「や、そういうのじゃなくて! 好きな人に襲われたい的な願望、あるでしょっ?」
「理解しかねるわね」
「えー? そっかなー? あると思うけどなー?」
眉を顰める玲奈に対して、優香は首を捻る。
「なかなか難しいんだな」
壁ドンの姿勢のまま、俺も苦笑を浮かべた。
「んー、でもこんな風に常に気遣ってくれる優しさが孝平だし……」
「そんなに真剣に考えることじゃないでしょうに……」
むむむと唸る優香に、玲奈が呆れた目を向ける。
「あっ、そうだ!」
何か思いついた表情で、優香がパンと手を打った。
「ねねっ、こっち来て」
と、小走りで教室に戻っていく。
『……?』
俺と玲奈は顔を見合わせ、疑問を浮かべた後で優香に続いた。
「ちょーっと待っててねー……」
優香は自分の机に駆け寄り、鞄から財布とソーイングセットを取り出す。
財布から抜き出したのは、五円玉。
次いで、ソーイングセットから糸を伸ばしてチョキンとハサミで切る。
そして、五円玉の穴に通した。
「じゃん!」
それを、得意げに掲げて見せる。
これって……。
「催眠術、やってみよう!」
まぁ、そうだよな。
「催眠術で性格を変えちゃえば、荒々しく壁ドン出来るかもでしょ?」
「なるほどな?」
なるほどか?
まぁでも、優香がやりたいって言うなら付き合おう。
「わかった、やってみてくれ」
さて……一応かかる努力はしてみようとは思うけど……催眠術にかかる努力って何だ……?
あるいは、かかったフリをするのが正解なのか……。
「じゃあ、いくよー」
優香は、俺の目の前に五円玉をぶら下げる。
「あなたはだんだん俺様キャラになーる、俺様キャラになーる」
俺様キャラなー、ちゃんと演じられるか………………んんっ?
あれ……?
なんだか意識か……?
◆ ◆ ◆
【青海玲奈】
「さぁ、どんどん唯我独尊な気持ちになっていくよー。俺様だけが正義だよー。周りの人間は全員家畜だよー」
壁ドンとか関係無しに、そんな男は普通に嫌じゃない……?
本当に、理解に苦しむわ……。
「口癖は『おもしれー女』だよー」
というか、無駄なことを。
素人が催眠術なんて……って、あら?
「それじゃ、アタシがパンッて手を叩いたら俺様な孝平が目覚めるからね? いい?」
「あぁ……」
なんだか孝平くんの目、トロンとしてきてない……?
「さん、にぃ、いち、はい!」
紅林さんがパンと叩くと、孝平くんはハッとしたような表情になる。
いや、まさかそんな……。
「ねぇ孝平、アタシのことどう思う?」
「ふっ……俺に催眠術をかけようとするとは、なかなかおもしれー女だな」
いやいや、孝平くんが演技をしているだけに決まって……。
「俺様のハーレムに加えてやってもいいぜ?」
あ、顎クイ……!
それに、なんて傲慢な表情なの……!?
この自信満々で荒々しい顔、まるで別人みたいに見えるわ……えっ、まさか、本当に……!?
「ふ、ふんっ! 誰もがアンタに靡くと思ったら大間違いなんだからね!」
それはそうと、紅林さんのそのキャラは何なの……?
言葉の割に、思いっきりニマニマ笑ってるし……。
「くくっ……俺様にそんな態度を取った女はお前が初めてだぜ」
ていうか、さっきから何か寸劇が始まってない……?
「唇を塞がれても、同じことを言えるかな?」
孝平くんは、紅林さんに顔を近づけていって……って。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 流石にやりすぎよ! 紅林さんも目を瞑らない! さっきの一旦拒絶するみたいなキャラはどこにいったっていうの!?」
思わずストップをかける。
なんとなく、今の孝平くんなら本当にキスまでやりかねない気がするもの……。
「ふっ」
孝平くんの目がこちらを向いて、思わずドキッとしてしまう。
いつもの優しげな表情ももちろんいいけど、この鋭い視線もこれはこれで……。
「心配しなくても、お前のことを忘れちゃいないさ」
こ、今度は私に顎クイ……!?
『お前』って呼ばれるのも、なんだか新鮮に感じるわね……!
「あ、貴方に『お前』だなんて呼ばれる筋合いなんてないのだけれど……!?」
……ハッ!?
なのに、口では真逆なことを言ってしまった……!?
これが『俺様キャラ』とやらの力だと言うの……!?
◆ ◆ ◆
【紅林優香】
青海さんは、この孝平を前にしても普段とあんまり変わんないなぁ……。
……って、あれ?
よく考えたら、俺様キャラでグイグイ行っちゃう孝平って謎のツンデレ感を見せる青海さんとガッチリ相性噛み合っちゃうのでは……?
「なかなかおもしれーことを言う女だな」
「人のことを『女』だとか、失礼だと思わないの?」
「ふっ……初めて言われた意見だ」
「今まで、よほど周りの人に恵まれなかったのね」
「くくっ、なるほどそうかもしれないな。だったら、これからはお前が俺の傍にいるってのはどうだ?」
「えっ……?」
ほら、なんかもうガッチリ噛み合ってる感じするもん!
なんか物語が始まっちゃってるもん!
ていうか青海さん、ズルい!
そういうの、アタシがやりたかったやつなのに!
なんかゾクゾクしてる感じの表情だし、普通に楽しんでるでしょ!?
ここは、早めに催眠を解いた方が良いかも……。
「孝平孝平、ちょーっとこっち見てくれるかな?」
「なんだ?」
こっちを向いた孝平の目の前に、五円玉を吊るす。
「もう戻してしまうの……?」
案の定というか、青海さんはちょっと残念そう。
「もう昼休みもそんな残ってないしねー。孝平も午後の準備とか色々しなきゃでしょ」
「それはまぁそうね……」
だけど、アタシの言葉に納得してくれたみたい。
「あなたはだんだん、元の孝平に……」
「ふっ」
「あっ、ちょっ……!? 手を掴まれると催眠術が……!」
「素直になれよ」
「こ、孝平……!? 顔が近いよ……!?」
「お前が本当にやりたいのは……こんなことなのか?」
「あひゅ!? 耳元で低音ボイス……!? そ、そうでしゅぅ! アタシ、本当は俺様な孝平にもっと攻められたいと思ってましゅぅ!」
「貴女、欲望に負けるの早すぎでしょう……」
「っと、いけないいけない……! 孝平、しっかりこの五円玉を見て!」
「俺様に命令するとは、なかなかおもしれー女だ」
「今ホントそういうのいいから! 元の性格に戻っていく~元の性格に戻っていく~! 手を叩けば、元の孝平に戻ってるよ~! はいっ!」
「……ハッ!? 俺は一体……?」
「よし、これで戻って……」
「この状況……俺のデータによれば、俺が催眠術にかかっていた確率九十八パーセントか」
「ねぇちょっと、紅林さん……これ、今度はなんだか別のキャラになってない……!? 本当に元に戻ってるんでしょうね……!?」
「あ、あっれー? えっと、もっかいやってみるね! 手を叩けば、元の孝平に戻ってるよ~! はいっ!」
「……ハッ!? ワシは一体……?」
「よし、今度こそ……って、ワシ……?」
「なんだか無性に誰かと闘いたいような気分じゃあ……! へへっ、ワシより強い奴を探す旅に出るとするかのぅ!」
「そんな物騒な旅に出ちゃ駄目よ孝平くん!? 紅林さん、これどんどん悪化してるわよね!?」
「あ、あっれー?」
◆ ◆ ◆
【白石孝平】
「孝平? 孝へーい?」
「んんっ……?」
あれっ……?
俺、いつの間にか寝てたのか……?
「孝平くん、私のことをどんな女だと思う?」
玲奈、なんでそんな心配そうな表情なんだ……?
ていうか、急に何……?
「どんなって……文武両道、容姿端麗、格好良くて素敵な女の子だと思ってるるけど」
「そ、そう………………そんな風に思ってくれてたのね」
後半は、ゴニョゴニョと消え入るような声だった。
「ちょっと青海さん、ドサクサに紛れてなに抜け駆けしてんの!?」
「確認のために必要な措置よ」
「まぁそうだけど……あっ、じゃあ孝平、アタシのことはどんな女の子だと思ってる?」
「周りまで明るくしてくれるような、元気で笑顔が素敵な女の子……かな?」
「にへへ、そっかぁ。そう思ってくれてるんだねぇ」
と、頬を緩ませる優香。
だけど、二人共すぐに表情を引き締めた。
「孝平くん、全てをデータで分析したいような気分になったりしていない?」
「無性に誰かと闘いたくなってない? 左手は疼かない? なぜか喋り方がカタコトだったり関西弁だったり……は、してないね。あとあと、なんだっけ……?」
いや、これ何の質問なんだ……?
なんか、そんな感じで二人からの質問はしばらく続いて。
「……どうにか、無事戻ってくれたようね」
「だねぇ」
一通り答え終わると、なぜか二人はとてもホッとした表情となった。
マジで何があったんだ……?
「って、あれ……?」
いつの間にか、昼休み終わりかけじゃないか……。
「俺、ちょっとトイレに……」
「わわっ……!?」
慌て気味に立ち上がると、ちょうど通りかかっていたらしい金森さんを驚かせてしまったようで。
グラついた彼女の身体を、咄嗟に支える。
「失礼。その可愛い顔に傷が付くようなことがなくて何よりだったよ、子猫ちゃん」
「うぇっ!? 白石くん、急に何!?」
んんっ!?
なんか今、勝手に口が動いたような……!?
「紅林さん……」
「はい……」
「催眠術は、金輪際禁止ね」
「はい……」
なお、その日はなぜか一日通して妙なことを口走ってしまうことが多かったけど、翌日になったらなんか治ってた。
一体、何だったんだ……?
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