第32話 決着?

「孝平くんとペアのストラップを付けるに相応しいのは、この私よ」


「いやいや、アタシに決まってるでしょー?」


 ペアストラップを巡って、火花を散らせる二人。


「お客様ー。わたくし、実は辛辛館にいらっしゃった時から薄々感づいていたのですがー」


 そんな中、なぜか店員さんがコソッと俺の耳に口を寄せてくる。


「まさかの、バチクソに堂々と二股をしていらっしゃるという認識でよろしかったでしょうかー?」


「あの、うん、まぁ……はい、大体そんな感じです」


 一瞬どう説明しようか迷ったけど、実際傍から見るとその通りすぎて否定出来る要素がなかった。


「なるほど、それはそれはー。わたくしいくらなんでもそれはないだろうと判断した結果、不要な爆弾を投下してしまったようで申し訳ございませんでしたー」


 そう言って頭を下げる店員さんだけど……なんか、ちょっと笑ってない?


「それで、ご希望の機種などございますか?」


「えっ……?」


 このまま普通に営業トーク始めんの……?


 ちょっとハートが強すぎないか、この店員さん……。



 ◆   ◆   ◆



【紅林優香】


 さて、とりあえず『元カノ』って部分を攻めてみたわけだけど……まぁ、こんなところで揺らぐわけはないよね。


 となると……。


「青海さんのスマホって、シンプルなケースを付けててるだけじゃない? ストラップとか、キャラ的に似合わないんじゃないかなー」


「だから何? キャラに合わなかろうと、私は迷わずペアストラップを付けるわよ」


「あっ、ていうかさ。そのスマホケース、そもそもストラップホールが付いてないよね? どうせ無駄になっちゃうなら、アタシが……」


「ケースを買い換えればいいだけの話でしょう」


「ぐむ……」


 やっぱりというか、意志は固いみたいだね……。


 これは……どう攻めるのが正解だろうなぁ……。



 ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 さて、とりあえずは……。


「紅林さんの方こそ」


「な、何かなっ? アタシのケースにはちゃんとホールも付いてるけどっ?」


「貴女のゴテゴテとしたスマホに今更ストラップが一つ増えたところで、あまり変わらないでしょう? むしろ、シンプルな私のスマホだからこそ映えると思わない?」


「やー、そうは思わないけどねー。ほら、アタシもちゃんと調和とか考えるし?」


 こういう方向で攻めてはみたわけだけれど、この程度で諦めるタマじゃないわよね……。


 正直、決め手に欠けるというか……どう攻めるべきか、迷うわね……。



 ◆   ◆   ◆



【白石孝平】


 なんだかんだで、入店してから数十分が経過して。


「はい、これで手続き全て終了ですねー。お疲れ様でしたー」


「あ、はい、どうも。ありがとうございました」


 結局、あのまま流れで機種変更の契約を全部終えてしまった……。


「だから、カバの汗は赤いんだってば!」


「とはいえ、大根の血液型がO型であることに変わりはないわ」


 二人が、全力で言い争ってる傍らで……。


 つーか二人共、何の話をしてるんだ……?


「それではこちら、プレゼントのペアストラップでーす。今回、サービスで三人分付けさせていただきますねー」


『えっ……?』


 店員さんの言葉に、俺たち全員の声が重なった。

 優香と玲奈も言い争いを止めて、驚いた目を店員さんに向けている。


「ペアストラップとは申しましても同じセットを大量にご用意してございますため、二セット分チョロまかすくらいは余裕ですのでご安心くださいませー」


『あ、はい……』


 いや、別にそんなところの心配はしてないけども……。


「そもそも三人で付けてもペアと呼べるのかといったペアの概念につきましては、お客様の方で処理していただけますと幸いでございますー」


『あ、はい……』


 まぁこれに関しては、二人にとって重要なのは『俺と』お揃いということ。

 なんだかんだ、最終的には二人も納得してくれるとは思う……たぶん、恐らく。


 ゆえに。


「あの、それを最初から言ってくれれば……」


 二人が無駄に争うこともなかったはずなのに……たぶん、恐らく。


「大っ変、申し訳ございませんでしたぁ!」


「あっ、いや、そんな謝っていただくようなことではないんですけど……すみません」


 店員さんが深々と頭を下げてきたため、俺の方も慌てて謝罪する。


「わたくしこのような状況初めてでして、大変な愉悦と共に眺め……もとい、つい今し方までこの案が浮かばなかった次第でございますー」


「あ、はい……」


 なんか、謝ったのが損だったような気がしてきたな?

 まぁ、今更これ以上蒸し返す気もないんで別にいいんだけどさ……。


 そんなこんなで、結局。


「ありがとうございました、またお越しくださいませー」


『あ、はい……』


 終始笑顔の店員さんに見送られ、俺たちはだいぶ微妙な表情でショップを後にした。


「ていうか……結局孝平にスマホのオススメ出来なかったね。ごめんね」


「や、気持ちは嬉しかったし、謝ることなんてないって」


「結局、無駄な時間を過ごしただけだったわね……」


「ま、アレだよ。俺は無事に新しいスマホを入手出来て満足、二人はストラップを入手出来て満足、ってことでいいんじゃないか?」


「……そうね。過ぎ去った時間は戻らないし、そういう前向きさは必要ね」


「まー、そういうことにしときますかー。ところでアタシ、お腹減ってきちゃったんだけど……どっか食べに行かない?」


「おっ、じゃあせっかくだしまた辛辛館に行くか?」


『うっ、あそこは……』


「や、適切な辛さを頼めばホントに美味いから。まずは『辛め』くらいから頼んでみなって」


「……そだね、前回はちょっと無茶し過ぎただけだし」


「元々孝平くんのオススメのお店なんだし、ちゃんと味を確かめておく必要があるわね」


「じゃあ、決まりだな。さっき店員さんが言ってた『辛さ限界突破』ってのが地味に気になってたんだよ」


「孝平、前のより辛いのにいくつもりなんだ……」


「まぁ、その……止めはしないけれど、無理のないようにね?」


「前回無理しまくってた青海さんが言っても説得力薄いけどねー」


「一字一句違わずそっくりそのままお返しするけれど?」


 なんて言いながら。


 なお、このあと二人は『辛め』、俺は『辛さ限界突破』を美味しくいただきました。

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