第31話 スマホが壊れただけなのに

 とある夜。


『そんじゃ孝平、また明日ねっ!』


『あぁ、また明日』


 優香から送られてきたメッセージに、メッセージとスタンプを返す。


『おやすみなさい、孝平くん』


『うん、おやすみ』


 ほぼ同時に玲奈からもメッセージが送られてきて、同じくメッセージとスタンプを返した。


 二人並行でのメッセージのやり取りをするのにもだいぶ慣れてはきたけど、毎度そこそこ疲れるな……。


「さて、俺もそろそろ寝るか……」


 苦笑気味に独りごちながら、スマホの目覚ましを設定しようとしたところ。


「ん、あれ……?」


 スマホが、急に操作を受け付けなくなってしまった。

 何度画面をフリックしても、反応はなく……やがて。


「落ちた……」


 音もなく、画面がブラックアウト。

 電源ボタンを押しても、全く反応しない。


「マジか……」


 正直、途方に暮れるしかないよね。



 ◆   ◆   ◆



「ってなわけで、どうも完全に逝っちまったっぽいんだよ」


 翌朝、俺は愚痴混じりに優香と玲奈へそう報告していた。


「あちゃー、そうなんだ」


「災難ね」


 二人から、同情的な視線が集まる。


「そんで、修理に出すの?」


「や、ちょうどそろそろ乗り換えようと思ってた時期だったし、せっかくなんで新しいのにしようかと」


「そういえば、結構使い込まれていたものね」


「そうなんだよ。ま、寿命ってとこだな」


 軽く笑って、肩をすくめる。


「それに明日は休みだし、タイミング的にはまぁ悪くない方だ」


「じゃあ、明日新しいの買いに行くんだ?」


「あぁ、早めに行っとかない不便だし」


「まぁ、そうよね」


「だよねー」


 俺の言葉に、二人は頷いた。


『なら、一緒に』


 二人同時に、そう言って。


『は?』


 これまた同時に、目を細めて顔を突き合わせる。


「あらあら? 文明の利器を使いこなせるだけの頭脳を持ち合わせていなそうな貴女が一緒に行ったところで役に立てることなんてあるのかしら?」


「はーん? そっちこそ、今までのポンコツっぷりから考えてスマホに詳しい姿が想像出来ないんですけどー?」


「誰がポンコツよ」


「や、そこはもう認めた方が良くない?」


「事実無根の言いがかりをなぜ認める必要が?」


「うん、まぁ……そうだね。青海さんがそう思うなら、それでいいと思うよ……」


「なぜ優しい感じの笑みを浮かべるの……?」


 慈愛の微笑みを浮かべる優香に対して、玲奈は怪訝そうに眉根を寄せた。


「それはともかく!」


 仕切り直すように、優香がパンと手を打つ。


「アタシは、みんなが使ってるスマホの使用感とかいつも聞いてるからね! 生の声ってやつだよ! これぞ、友情パワー! 青海さんには無理でしょ!」


 ドヤ顔で胸を張る優香に対して、玲奈が口を開き。


「私は……」


「あっ……やっぱ、今のは無しで」


「は?」


 玲奈の反論に被さる形での取り消し発言に、玲奈はさっき以上に怪訝そうな表情になった。


「なんか、こういうとこイジるのは良くなかったよね……ごめんね?」


「ちょっと、こっちは別に何とも思ってないのに勝手に気を使ってくるのはやめなさい……! 逆に私が気にしているみたいな印象になるでしょう……!」


 両手を合わせて謝る優香に対して、玲奈は大変不本意そうだった。


「ともかく」


 今度は、玲奈の方がコホンと咳払いして仕切り直す。


「いくら貴女の交友関係が広かろうと、所詮個人間で交換出来る情報になんて限界がある。その点、私はネットという広大な情報の海から適切な情報を収集して処理する能力を持っているわ」


 と、自身を手の平で指して胸を張る。


「そんな、誰が言ったかもわからないような情報なんて信頼出来ないじゃん!」


「信頼性のあるソースを集めるのも能力のうちよ。というか、それを言うなら素人の高校生の意見の方が信憑性は怪しいでしょう」


「や、高校生が使うんだから高校生の意見が一番参考になるって!」


 徐々にヒートアップしていく二人。


 うーん……そもそも俺は、一人で行くつもりだったんだけど……。


「なら、二人共一緒に来てくれないかな? ほら、色んな方向からの意見がある方が助かるし」


 まぁ、こう言わないと収まらないだろうな。


「オッケー! スマホのオススメ対決だね!」


「任せておいて、完璧なプレゼンを見せてあげるわ」


 張り切った様子の二人だけど……明日、どうにか穏便に済むといいな……。



 ◆   ◆   ◆



 なんて願いながら迎えた、当日。


「らっしゃせぇ! あっ、失礼間違えました! いらっしゃいませー!」


 ショップに入った途端、元気な店員さんに迎えられた。


 なんだその訂正は……って。


「あれ……? 辛辛館さんの……?」


 見覚えのある顔に、思わずそう口に出してしまった。


「はいー。わたくし、新メニュー『辛さ限界突破』を性懲りもなく説明無しで試食させてきた店長についにブチ切れましてー。こうして、転職致しましたー。今後はこちらのショップにて、よろしくお願いいたしますー」


「そ、そうですか……」


 知らんけども。


「お客様、今回は新規ご契約でしょうかー?」


「あ、いえ。機種変更で」


「なるほど、承知致しましたー。ちなみになんですけどもー」


 と、店員さんはどこか探るような目付きで俺たち三人を見た。


「ただいま当店、キャンペーンをやっておりましてー。カップルで訪れたお客様にはペアストラックをプレゼントしているのですが、いかがなされますかー?」


 俺たちの関係を測りかねてってところだろう……けど。


『いただきます!』


 優香と玲奈、二人同時に前のめりで頷く。


『は?』


 そして、やっぱり睨み合い。


「やー、ここは流石にさー。『今カノ』のアタシに権利があると思わない? ねぇ、『元カノ』さん?」


「全く思わないわね。そんな形式上の呼び方に意味などないもの。忘れたの? 孝平くんは、私たち『二人の』彼氏として振る舞うと宣言した。つまり、私も同等の権利を有しているということよ」


 恐らくこの瞬間、穏便に終わるといいなという俺のささやかな願いは打ち砕かれた。

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