第30話 金森日和から見た三人・2

「優しい言葉しりとり~!」


 とある休み時間、優香が急にそんなことを言いだした。


「あのねあのね! これは、優しさを感じる言葉しか使っちゃいけない縛りのしりとりなの!」


「名前のままだし意義がわからないしそもそも聞いていないのだけれど」


 嬉々として話す優香を、玲奈がバッサリと斬り捨てる。


「いやほら、孝平ってまだ病み上がりじゃない?」


「そうだけど……それが、どう関係しているというの?」


 二人の看病のおかげもあってか俺としてはもうすっかり良くなって今日から登校してるわけなんだが、まぁ病み上がりではある。


「今の孝平に必要なのは、優しさ。だからこその、優しい言葉しりとりなんだよ!」


「驚く程に前半と後半で繋がりが見えないわね……貴女、『だからこそ』の意味を本当に理解しているの?」


 頭痛でも感じてるみたいに玲奈はこめかみに指を当て、小さく溜め息を吐いた。


「ははっ、まぁいいじゃんか。面白そうだし、やってみよう」


 このままだと話が進まない気がしたので、そう口を挟む。


「……孝平くんがそう言うなら、いいけれど」


 納得はしてない顔ながら、玲奈も頷いてくれた。


「まー、優しさの足りない青海さんには不利な勝負だと思うけどー?」


「は? 優しさの権化たる私が有利に決まっているでしょう?」


「どっちが有利かは、実際にやってみりゃわかるさ」


 バチバチ火花を散らし合う二人を苦笑気味に取りなす。


「でも、こういうゲームだと『優しい』かどうかを第三者が判断してくれた方が諍いがなくていいよな……」


 さて、誰か頼めそうな人は……おっ!



 ◆   ◆   ◆



【金森日和】


 やっっっっっっっっっっってしまった……!


 前回の反省を活かして、白石くんたちのことをガン見のはやめていたっていうのに……。

 なぜ私は、このタイミングでトイレから帰ってきてしまったのか……!


 いや、いくら白石くんといえどこんなモブに何度も声をかけたりは……。


「金森さん」


 してきますよね、はい!

 白石くん、そういうとこあるもんね!


「今から俺たち、『優しい言葉しりとり』っていうしりとりの亜種みたいなゲームやるんだけどさ」


 いや、頼まれたところで断っちゃえばいいだけの話で……。


「金森さんに、その言葉が優しいかの判定をお願いしてもいいかな?」


「あっ、うん……」


 私には断れないよね、うん!


 頼まれると断れない気弱な自分が恨めしい……!


「ありがとう、助かるよ。それで審判、どの文字から始めようか?」


「えっと……じゃあ、『あ』で」


 まぁでも、今回は私の出番はあんまりないよね?

 この手の勝負って、縛りに抵触するかどうかよりも縛りの中で思いつく言葉がなくなって負けるっていうのが普通のパターンだし……。


「そんじゃ、アタシからねー。『愛想あいそ』」


「なるほど、なんか優しい笑顔が思い浮かぶな。んじゃ、次は俺で……『祖父』」


「ふふっ。それを迷わず優しい言葉として出せるって、孝平のお祖父ちゃんは凄く優しい人なんだろうね」


「あぁ、優しい人だよ……って、一般的なイメージではないか。審判、駄目かな?」


「あっ、ううん! いいと思うよ! 白石くんにとっては間違いなくそうなんだろうし!」


 ほら、この通り平穏に……。


「『ふ』、ね……ふ、ふ………………『踏みつけ』?」


 青海さん!?

 どうして即座に平穏を乱すの!?


「……審判さん? 今のは?」


 うぅ、紅林さん……やっぱり今のは審議対象ですよねぇ?


 審議対象、っていうか……。


「い、今のは……アウト、かなぁ?」


「は?」


「ぴぅ!?」


 やっぱり怖いよ青海さん……!


「こらこら青海さん、だから脅さない」


 と、紅林さんが窘めてくれる。


「別に脅していないと前にも言ったでしょう……それより、『踏みつけ』がアウトとはどういうことかしら?」


 いや、この鋭い目はもう完全に脅しの領域だよね!?


 あと、逆になんでわからないの!?


「いやまぁ、流石にそれは『優しい』とは言えないんじゃないか?」


 良かった、白石くんがフォローに入ってくれた……。


「男の人は踏みつけられると嬉しいんじゃないの? 何人もの人にお願いされたことがあるのだけれど」


「う、うーん……ちなみに玲奈、そのお願いは受けたのか……?」


「受けるわけないでしょう、気持ち悪い」


 あっ、一応そこの感覚は普通なんだね……。


 白石くんも、ホッとした顔になってる。


「もちろん、孝平くんのお願いなら別だけれど。どう? 踏みましょうか?」


「いや、せっかくだけど遠慮しておくよ」


 今度は、苦笑気味に。


「それはともかく、一部の人にとっては確かに優しい言葉と考えればアリ……なのか……?」


 えぇ……? そんなガバガバ判定なの……?


「審判、どう思う?」


 あと、私に振るのはやめてほしい……!


「えーと……じゃあ、アリで……」


「よろしい」


 私の回答に、青海さんは満足そうに頷いてくれた。


 いやこれ、私がいる意味ある……?

 審判の権限、限りなく存在しなくない?


「まぁ審判がアリって言うならいいけどねー。そんじゃ、アタシは『け』……『毛繕い』!」


「それは別に優しくはないでしょう……審判さん、どう?」


 なのにいちいちこっちに振って来るのホントやめてほしいんですけどぉ!?


「え、えーと……でも確かに仲間を毛繕いする姿ってなんか優しい感じがするし……アリ、かなぁ……」


「だよねだよね!」


 ていうか、『踏みつけ』がアリになったんだったらもう全通過で良くない……?


「……ねぇ、審判さん」


 えっ……? 青海さん、なんでスッと目を細めるの……?

 現時点でもう怖いんだけど……?


「なんだか、私の時だけ判定が辛くないかしら?」


「ぴっ!?」


 なにこれ、威圧感!?

 人生で初めて感じたよホントにあるんだね!?


 いや、ていうか……さっき、あんなにダダ甘な判定を下したのに!?


「もう青海さん、脅しちゃ駄目って言ってるじゃん」


 そう言いながら、紅林さんが私を庇うみたいに抱き寄せてくれる。


「よーしよし。金森ちゃん、大丈夫からねぇ。怖くないよぉ」


「あ、あぅ……」


 この歳でナデナデされるのは、ちょっと……いや、だいぶ恥ずかしいんだけど……。


「こわーい人からアタシが守ってあげるから安心してねぇ。それだけじゃなくて、金森ちゃんを怖がらせるもの全部から守ってあげるからねぇ。アタシがいれば大丈夫だからねぇ。全部ぜーんぶ、アタシを頼っていいからねぇ。アタシの言う通りにしてれば、全部オッケーだよぉ」


 あっ……でもなんか、本当に安心してきたっていうか……この包み込まれる感じ……落ち着くかも……これが、アメとムチってやつなのかなぁ……それにしても、なんだかボーッとしてきて……。


「こらこら優香、審判を洗脳しない」


 ぴぁ!? 私、今洗脳されてたの!?


「あははっ、やだなぁ孝平。私は金森ちゃんを慰めてただけだよ?」


 いや、確かに洗脳されてたような気がしてきたよ……!


 紅林さんも怖いんだけど!?


 アメに見せかけた劇薬じゃん!?

 ぶっちゃけ見えてるムチよりタチ悪くない!?


 もう、ホント何なのこの人たち!?

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