第29話 痛み分け
【青海玲奈】
ようやく自分の愚かしさに気付いたようね、紅林さん。
せっかく孝平くんの家に来たんだもの、長期的戦略で考えなければね。
私は、目の前の餌しか見えていない醜悪な豚とは違うのよ。
ここは、お義母様との仲を深めることこそが最善……!
……それに、まぁ、その。
だいぶ、孝平くんと間近で接するのにも慣れてきたけれど。
流石に裸体というのは、少々刺激が強すぎるというか……まだ、心の準備が出来ていなかったというか……。
と、ともかく。
貴女も、せいぜい束の間の欲望を満たせて良かったんじゃない?
「ふっ……くくっ」
あらあら? 打ちひしがれた様子だったのが急に笑いだして、どうしたの?
あまりの敗北感に、頭がおかしくなってしまったのかしら?
「もう、お義母さんったら。言ってくれればアタシも手伝ったのにぃ」
「いやぁ、元はそんなつもりもなかったんだけど。氷枕を作るついでにって、玲奈ちゃんが提案してくれて」
……ん?
「そっかぁ、流石青海さん気が利くねっ」
「え、えぇ……」
表情に出やすい紅林さんにしては、あまり敗北感が見られないような……。
というか、むしろ顔に表れているのは……優越感?
「じゃあ、アタシはまたクッキーでも焼いちゃおっかな! 孝平には元気になってから食べてもらえばいいし……ねぇお義母さん、いいかなっ?」
「あらいいわねぇ。優香ちゃんの作るクッキー、美味しくって私も好きよ」
「あははっ、そう言ってもらえると嬉しいですっ!」
……んんっ!?
というか、この距離感……!
ま、まさか……!?
◆ ◆ ◆
【紅林優香】
ざぁぁぁぁぁぁんねんだったねぇ青海さぁん!
確かに、この場でしてやられたことは認めるよ。
だけど……
ほとんど美術部でしか孝平と交流を持ってなかった青海さんは知らないだろうけど、孝平の家にみんなで押しかける的なイベントは定期的に開催されてたんだよ!
そして、アタシの出席率は実に100%!
「アタシのエプロン、まだあります?」
「もっちろん! ちゃんとアイロンかけてしまってあるわよ!」
「わぁ、嬉しい! ありがとう、お義母さん!」
「だから、いつでも来てくれていいんだよ?」
「やった! それじゃ、また今度来ちゃいますね!」
「えぇ、どうぞどうぞ」
折を見てはお義母さんとも話して、既にこの通り友達の距離感よ……!
少し差を縮められたとはいっても、まだまだアタシの方が先を行ってるのは間違いない!
なぁんだ、そう考えると別にそこまで悔しがる必要もなかったね。
青海さんの邪魔をするより、孝平の汗を拭いてあげた方が結果的にお義母さんからの好感度も上がるはずだし。
だから、アタシが悔いるべきはただ一点。
半裸チャンスを、みすみす逃してしまったことだけ。
そう……それだけ。
だけ……なんだけど。
うぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!
半裸チャンス……! 千載一遇の半裸チャンスがぁ……!
やっぱり……やっぱり、めっちゃ悔しい……!
やってくれたねぇ青海さぁん……!
アタシの思考を誘導して半裸チャンスを潰しつつ、自分だけはちゃっかり益を得る……完全に手の平の上で転がされちゃったよ……!
今回だけは……今回だけは、負けを認めざるをえないかもね……!
◆ ◆ ◆
【青海玲奈】
くっ、なんてこと……!
紅林さんが、既にここまでお義母様との距離を詰めていただなんて……!
これじゃまるで、さっき勝ち誇ってしまった私がピエロみたいじゃない……!
「あっ、もちろん玲奈ちゃんもいつだって来てくれていいんだからね?」
「お気遣い、ありがとうございます……それでは私も、折を見てお邪魔させていただこうかと……」
「でも、孝平にこんな綺麗なガールフレンドがいただなんて。この子も隅に置けないわねぇ」
「ふ、ふふっ、お上手なんですから……」
肌で感じる、この温度差……!
紅林さんとは友達感覚の距離感なのに、私の扱いは明らかにまだ『お客様』……!
確かに多少は縮まったかもしれないけれど、その差は歴然……!
やってくれたわねぇ、紅林さん……!
「ふぐぅ……ハンラ……ハンラァ……」
そんな、お義母様から見えない角度でわざとらしく悔しがってるようなフリまでして……!
ちょっと、何を言っているのかはわからないけれど……私を嘲笑っているというわけね……!
とはいえ……あえてお義母様との距離感という情報を伏せておくことで私の思考を誘導し、自分は一人でちゃっかりと孝平くんとの一時も楽しむ……完全に手の平の上で転がさてしまったのは事実……!
今回だけは……今回だけは、負けを認めざるを得ないかもしれないわね……!
◆ ◆ ◆
【白石孝平】
なんかよくわからんけど、二人共凄い悔しそうな表情で睨み合ってるな……母さんから見えない角度で……。
何かしらの駆け引きがあったっぽいけど……察することが出来ないのは、俺の頭が風邪でボーッとしてるから……なの、かなぁ……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます