第28話 思惑、交錯す
【紅林優香】
孝平の汗を拭く権利……!
なんとしてもゲットしたいとこだけど、それは青海さんとしても同じはず……!
出し抜くにはどうすれば……くっ、まだノーアイデアだよ……!
「青海さん、ここはアタシに任せて……」
何て言えばいい……?
何を提示すれば、青海さんを退かせることが出来る……?
駄目だ、そんな魔法の言葉があるわけ……。
「……そうね、ここは紅林さんにお任せするわ」
「………………は?」
えっ……?
今、なんて……?
「氷枕も買ってきてあるから、私はそっちを用意してくるわね」
そう言って、青海さんはあっさりと部屋を出て行ってしまった。
……えっ、ホントに?
本来ならいくら積んでも手に入らないはずのこの権利を、こんなに簡単に自ら手放すっていうの……?
一体、何を企んでるんだろう……?
傍で騒いでちゃ治るものも治らないし、大岡裁き的な感じで好感度を稼ぎにきた……?
正直それはリターンが見合ってるとは思えないっていうか、今のボーッとした孝平に伝わるかさえ微妙だと思うけど………………いや。
もしかして。
もしかして、青海さんは純粋に孝平のためを想って……?
そうだよ……アタシはなんか気軽な感じでスポドリとかゼリーとか買ってきただけなのに、その間に青海さんはあれだけガチガチの対策を整えてたんだもん……最初から心構えが違ってるよ……。
だとすれば……だとすれば、アタシはなんて浅ましい女だろう……!
孝平の半裸のことで頭がいっぱいになってて……!
あわよくば胸板に直接頬ずりとか出来ないかなー、とかまで考えてた……!
これじゃまるで、目の前の餌しか目に入ってない醜悪な豚だよ……!
………………なんかこういう流れ、前にもあった気がするな?
あの時は、結局青海さんが自室というフィールドを利用して密かに孝平を誘惑してて……いやいや。
それとは、全然状況が違う。
青海さんは今日初めてこの部屋に入ったはずだし、何より本人がもうこの場にいない。
今度こそは正真正銘、青海さんの行動は100%純粋に孝平を心配してのものだよ。
だとすれば、アタシも……!
「孝平、汗を拭いてあげるね? 服、自分で脱げる?」
「ん、あぁ……」
アタシは、心を凪にして孝平へと問いかける。
ついさっきまではアタシが脱ぎ脱ぎさせてあげることを計画してたけど、効率を考えればこれが最善。
今のアタシは、自分の欲望よりも孝平の身体を最優先に考えるよ……!
「うわ、確かに結構汗かいちゃってるなぁ……」
少し緩慢な動きで、孝平はシャツを脱いでいく。
続いてインナーも……んほぁ、汗で肌に貼り付いててセェクシィ……いやいや、変なこと考えちゃ駄目だよ。
これは、純然たる医療行為なんだから。
腹筋が顕になって……続きまして、大胸筋も……はぁはぁ、ねぇこれ本当にお金払わなくていいやつ……!?
風邪で弱ってる姿と、意外なくらいに逞しい肉体とのギャップが堪らな……ぐぅ、駄目だ……! アタシの煩悩が……! 煩悩が強すぎる……!
こうなったら……!
「脱ぎ終わったけ……ど?」
語尾が疑問形になった、孝平からの報告。
まぁ、それも当然っちゃ当然かも。
「え……? なんで、目隠ししてるんだ……?」
アタシは、髪を結んでいたリボンを解いて自分の目のとこにキツく結んでるんだから。
見えさえしなければ、煩悩も発生しない……! これぞ、逆転の発想だよ!
「あはは、気にしないで。たまたま、目隠ししたい気分になっただけだから」
「そんな気分になることなんてあるのか……?」
孝平にそのまま説明するわけにもいかず、適当に誤魔化すと孝平の声は当然戸惑いに彩られてた。
「それより、身体拭くからジッとしててね!」
だけど、ここは押し通させてもらうよ!
「あ、あぁ……」
アタシは目隠しする前に取り出しておいたタオルを手に、孝平へと歩み寄る。
さっき目に焼き付けておいたから、位置関係はバッチリ把握してるよ!
「それじゃ、拭いてくね」
「あぁ、うん、よろしく」
孝平が頷く気配を確認してから、そっとタオルを身体に当てた。
そして、ゆっくりと身体を拭いていく。
タオル越しでも孝平の筋肉の感触が伝わってきて……あと、これは汗の匂いなのかな……? だけど臭いってことは全然なくて、むしろフェロモン的な? なんだか興奮してき……って。
「煩悩退散!」
「んおっ!?」
突如自分のほっぺたを叩いたアタシに、孝平が驚きの声を上げる。
「大丈夫だよ、孝平……! アタシ、必ずこの試練を乗り越えてみせるからね……!」
「うん……うん?」
そう、これはさながら聖者を惑わす悪魔の試練……!
これを乗り越えた時、アタシの孝平への愛は本物になるんだよ……!
◆ ◆ ◆
「ふぅ……さっぱりしたよ。ありがとう、優香」
着替えまで済ませた孝平が、こちらに微笑を向けてくれた。
もう、必要のなくなった目隠しは取り払ってる。
「ただ……なんでそんなに、疲労困憊な感じなんだ……?」
アタシは、見事煩悩に打ち勝ちこの試練を乗り切ったんだから……!
「うふふ……真実の愛を手に入れた代償だと思えばこの程度は安いもんだよ……」
「お、おぅ……そうか……会話が成り立ってない気もするけど、優香が満足なら何よりだよ」
なんか、魂のステージが上がったような気分だね……!
「……ところで玲奈、氷枕を作るだけにしては遅いな?」
「そういえばそうだね……?」
ふとした調子で孝平が言った通り、青海さんがまだ戻ってこない。
……と思ってたら、足音が二人分近づいてきた。
お義母さんも一緒なのかな?
「まぁ、そうなの?」
「えぇ、それで孝平くんが助けてくれて」
と、部屋に入ってきたのはやっぱり青海さんとお義母さん。
青海さんは引き続きオペスタイルだけど──まぁそれを言うならアタシもだけど──もうお義母さんも慣れたみたいで普通に話してる。
「ナヨっとした子だと思ってたけど、意外とやるものねぇ」
「そうなんですよ、お義母様……あぁごめんなさい、お義母様だなんて馴れ馴れしく呼んでしまって」
「うふふ、いいのよぉ玲奈ちゃん」
あれっ……? ていうか……。
なんか、やけに親しげじゃない……?
さっきまで、こんな感じじゃなかったよね……?
「ほら孝平、玲奈ちゃんがお粥を作ってくれたわよ! そろそろお腹すいてる頃なんじゃない?」
「あぁ、そうだね。助かるよ」
……まさか。
「玲奈ちゃんたら、凄いのよ! ウチにあるものだけで、パパッと作っちゃって! 完全に、母さんより料理上手よね!」
「そんな、お義母様には及びません」
「またまたぁ!」
まさかまさかまさか!
「ふっ……」
密かにこっちに向けてくる、その勝ち誇った笑み……!
こ、こ、こ、この女ぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
完っ全にしてやられたぁ!
少し考えれば気付きそうなもんだってのに……アタシの目が、エロに眩みすぎていた……!?
ていうか……!
ていうかさぁ……!
そういうことなら……せめて半裸は、しっかり見ておけば良かった!!
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