第27話 風邪を引いた日

「ゲホッ、ゴホッ……!」


 あー、喉が痛ぇ……。

 熱で、頭もボーッとしてる……。


 プールとか遊園地で、はしゃぎすぎたかなぁ……?

 見事に風邪を引いちまった……。


 ──ピンポーン


 んあっ、来客か……?

 まぁ、俺には関係ないか……母さんが対応してくれるだろうし……。


 ……って、あれ?

 なんか、足音がこっちに近づいてきてるような……。


 なんて思っていたら、部屋の扉が開いて。


「孝平、大丈夫ー?」

「孝平くん、お加減はどう?」


 顔を覗かせたのは、優香と玲奈だった。


「えっ……? なんで二人が……?」


 動きの鈍い頭から出てきた疑問が、そのまま口からも出ていく。


「お見舞いに来たに決まってんじゃーん。ほら、こうしてコンビニで……」


「待ちなさいっ!」


「ひょえっ!?」


 コンビニの袋を片手にこっちに歩み寄ろうとしていた優香が、玲奈の一喝でビクッと震えて足を止めた。


 あと、俺もちょっとビクッとなった。


「病人に対して近づく時は、きちんと対策してからになさい」


 玲奈もビニール袋……あれは、ドラッグストアのやつか?

 やけにデカい気がする袋を手にしており、そこからまずスプレータイプの消毒液を取り出して自分の全身に噴射する。


 次に、マスクを取り出して口を覆った。

 更に、両手にビニール袋を装着。


 最後に髪をまとめ、メディカルキャップに収める。

 ……メディカルキャップって、そこら辺に売ってるようなもんなのか?


 いや、というか……。


「このくらいは最低限ね」


 今から俺、手術でもされんの……?


「……や、明らかにやりすぎでしょ」


 俺と一緒に呆然と眺めていた優香が、我に返った様子でツッコミを入れた。


 それに対して玲奈は目を細め、鋭く優香を睨む。


「これは私のためではなく、孝平くんのための予防措置なのよ? 私たちが病原菌を持ち込んで、孝平くんの症状が悪化してしまったらどうするの?」


「ぐむぅ……!?」


 一理あるかも、とばかりに呻く優香だけど……一理、あるかなぁ……?


 まぁ、俺のことを気遣ってくれるその心遣いは純粋に嬉しいんだけどさ。


「ほら紅林さん、貴女の分も買ってあるから着けなさい」


「はぁい……」


 玲奈に押し切られる形で、優香も渋々といった様子ながら各種装備を装着していく。


「これでいい……?」


「オッケーよ」


 全て着け終えたところで、玲奈が満足げに頷いた。


「ただ、手の位置はこうね」


 両手を肘から上に上げ、手の平を自分の方に向ける玲奈。


「あ、はい……」


 優香もそれに従い、同じポーズを取る。


 いーや、これはもう完全に手術前のお医者さんだよなぁ……ドラマで良く見るやつぅ……。


 と、そこで新たな足音が近づいてきた。


「まぁまぁまぁ二人共、よく来てくれたわねぇ! ごめんなさいねぇ、こんなむさ苦しい部屋で! とりあえず、お菓子とジュースを……」


 ガンガン喋りながら部屋に入ってきたのは、ウチの母さんだ。


「持ってきた……ん、だけど……」


 そして、室内の様子を見てポカンとした顔となる。


 フル装備で例のポーズを取っている二人、ベッドで横になる俺、フル装備で例のポーズを取っている二人、ベッドで横になる俺、とそれぞれ二度見して。


「孝平……アンタ、このお医者さんごっこは流石にレベルが高すぎるんじゃない?」


 真顔で、そんなことを問うてきた。


「うん、まぁ……うん……」


 この状況から、俺としては何も言うことは出来ない。


「おばさま、お気遣いなく。改めて、事前に連絡もなく押しかけてしまって申し訳ありません」


 玲奈が、楚々とした仕草で頭を下げた。

 例の手術ポーズのままで。


「まるで何事もなかったかのように普通に返すんだね……」


 マスクに隠れて大半は見えないけど、優香が半笑いを浮かべていることはなんとなくわかる。


「いいのよぉ、そんな! 来てくれてありがとうね! えーと、それで……」


 玲奈の装いと言動がだいぶ一致していないせいだろう、母さんの戸惑いが手に取るように伝わってきた。


「それじゃ二人共、ゆっくりしていってねー」


 結局、この状況をスルーすることを選択したらしい。


 手にしていたお盆をテーブルの上に置いて、そそくさと部屋を後にする。


「……あっ、そうだ」


 かと思えば、ドアを締める直前で何かを思いついたような表情となって。


「孝平、アンタだいぶ汗かいたでしょ? そろそろ、汗を拭いて着替えた方がいいんじゃない? 自分でやるのはしんどいだろうし、せっかくだからやってもらったらー?」


 ニンマリ笑ってそれだけ言って、母さんは今度こそ部屋を出ていった。


 パタン、と部屋の扉が閉まり。


『……ほぅ?』


 それを見送った後、ギランと目を輝かせた二人がこっちを見た。


 母さん……最後に爆弾を落としていくスタイルはやめてもらえませんかねぇ……。


『………………』


 二人の視線が交錯し──

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