第20話 カレへのお願い

 中間テストの結果も、順次返却されて。


 ラストの数学の答案用紙が返ってきた後の、休み時間のことだった。


「んのあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ラス一にして、赤点んんんんんん!」


 俺が結果を尋ねる前に、振り返ってきた優香が頭を抱える。


 どうやら、そういうことらしい。


「そっか……残念だったな」


 俺としては、そう言う他ない。


「あれだけ教えてあげたのに、赤点だなんて。普段からの積み重ねが足りなすぎるのよ」


「ド正論すぎて何も返す言葉がない!」


 冷ややかな目を向ける玲奈に対して、優香は嘆くのみだった。


「ま、一教科……十点のハンデくらいなら、どうにかなるでしょう」


 早くも優香から興味をなくしたらしい玲奈は、俺の方へと目を向ける。


「さて……孝平くん。覚悟はいいかしら」


「ふっ、そっちの方こそ。正直、今回は俺もかなり自信があるぞ?」


 俺たちの手には、中間テストの合計点を記載した紙が握られていた。


『勝負!』


 それを、同時に見せ合う。


「………………九点、差?」


 結果は、呆然とした玲奈が口にした通り。

 俺より玲奈の方が、九点高い。


 つまり、優香が赤点を出した一教科分……十点を上乗せすると。


「俺の勝ち……に、なっちゃったな」


 思わず苦笑が漏れる。


「ちょっと紅林さん、完全に貴女のせいなのだけれど!?」


「それ自体は大変申し訳なく思うんだけども、今アタシも同様に絶賛傷心中であることは考慮に入れていただきたい次第であります!」


 憤慨する玲奈に対して、優香は若干涙目である。


「まぁまぁ、二人共凄く頑張ってたのは事実だからさ」


 流石にわざと間違えて点数を下げるわけにもいかず、俺も全力でテストを受けたわけだけど。

 正直、これは俺としても不本意な結果ではある。


 だから……。


「頑張ったで賞ってことで、何でも言うことを聞こうじゃないか」


『ホントに!?』


 二人が、一斉にこちらを振り返ってくる。


「とはいえ、流石にそのままだと元の賞品の意味がなくなっちゃうから……今回は、今この場で出来ることなら、って制限にしようか」


「十分よ……!」


「やったー!」


 玲奈がホッと息を吐き、優香が両手を上げて喜びを表現した。


「何でも、ね……」


「何でもかぁ……」


 そして、二人同時に熟考モードに入ったみたいだ。



   ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 何でも、とは言うけれど。

 当然、実際には本当に何でもというわけにはいかない。


 例えば……カノジョの座を競っているこの『勝負』の結果に私を選んで、なんてお願いを孝平くんが受け入れるわけがないもの。

 それでも孝平くんが『何でも』と言ってくれたのは、私たちの良識を信じてくれているからでしょう。


 そう……だからこそ難しいの。

 あまり変なお願いをすると、孝平くんから『この女は良識がない』と思われかねない。


 まして今回は、『今この場で出来ること』って条件まで付いている。

 とはいえ、あまり無難なお願いにしてはせっかくの権利が勿体ない。


 つまり、必要なのは『線引き』ね。

 どこまでがセーフで、どこからがアウトなのか。


 キスは、恐らくアウト。

 なら、間接キスは? ハグはどうなの?

 『デートの約束をする』だなんていうお願いは許されるのかしら?


 難しい……けれど。

 実のところ、ノーリスクでこの線引きのヒントを入手する手段は存在する。


「紅林さん? ここは譲るから、お先にどうぞ?」


 それすなわち、紅林さんに先にお願いを言わせること!


 それが通るのか通らないのかで、かなりラインは明確になるわ!


「んー? アタシまだ迷ってるし、青海さんが先でいいよー」


 チッ……!

 まぁ、当然そっちもこの構造には気付いているわよね……!


 何も考えていなさそうなアホ面を晒しているように見えて、やはりこの女は油断ならない……!



   ◆   ◆   ◆



【紅林優香】


 何でもかー。

 何でもってことは、何でもだよねー。


 えー、どうしよっかなー。

 何でもって言われると、逆に迷っちゃうもんねー。


 孝平にやってほしいこと、いっぱいあるもんなー……うへへ。


 あー、でもなー……うーん……。



   ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 ハッ……!?

 今気付いたけれど、『今この場で』というのは『この休み時間内』という意味も含んでいる……!


 つまり、時間制限もあるというわけね……。

 時間が経過するにつれてお願い出来ることも限られてくるし……このチキンレース、どこまで粘るのが正解か……。


「孝平、アタシ決めたよ」


 よしっ……!

 どうやら、紅林さんも時間制限の件に気付いたみたいね……!


 焦って先走った分、ここは私が圧倒的に有利……!


「アタシと、握手して?」


 ……?

 握手……?


 それは、痴女だけに通じる隠語か何かなのかしら?


「握手って……そんなのでいいのか?」


「うん、これからもよろしく的な?」


 えっ……?

 まさか、本当の本当に握手なの?


「考えてみれば、孝平って大抵のことは普通にお願いしたら聞いてくれそうだし? それに……そういう色々は、孝平がアタシに対してしたいって思った時にやってほしいし」


 こ、これは……!


 まさ、か……!?


 欲望を抑えあえて権利を実質放棄することで、好感度を稼ぎに来た……ということなのっ!?


 この脳内ピンク女に、そんな理性があったとは……!


「そっか、わかったよ。それじゃ……これからもよろしくな、優香」


「うん、よろしくねっ!」


 二人、ソフトに手を握り合う。


 くっ……こうなったら、私の選択肢も実質一つしか残ってないじゃない……!


「それで、玲奈はどうするかもう決めた?」


「私も……握手で……」


 ここで下手に欲望まみれのお願いをしようものなら、浅ましい女扱いされること請け合い……!


 なのに、二番煎じじゃ私の好感度が大して上がることもない……!


「そっか、じゃあ玲奈も。これからも、よろしくな」


「えぇ、よろしく……」


 こちらの手を封じつつ、己の好感度だけを上げる……!

 蓋を開けてみればこれしかないという、悪魔の一手だわ……!


 完全にしてやられた……!


 紅林さん……!

 どうやら私は、まだ貴女のことを見くびっていたようね……!



   ◆   ◆   ◆



【紅林優香】


 いやー、流石になー。


 流石に、アレやソレを教室でやるっていうのはなー。

 アタシとしても、自重せざるをえないもんなー。


 そうなってくると、なんかもう握手みたいな無難なものしか思い浮かばなかったよねー。


 ちょーっと勿体ないかなって気もするけど、まー孝平の手をニギニギ出来たしいっかな!

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