第21話 プールに行こう

「プールに行こう!」


 ある日、優香がそんな提案をしてきた。


「あのねあのねっ、お母さんが福引きで無料チケット当ててきたの! なんていったっけ? 駅前に、こないだおっきな温水プールの施設が出来たでしょ? あそこのやつ! お友達と行ってきなさいって、もらっちゃった!」


 テンションも高く、優香は三枚のチケットを掲げる。


「もちろん、青海さんの分もあるよ?」


「そういうことなら、俺はもちろん構わないよ」


 玲奈を差し置いてってことなら考えてたけど、そうでないなら俺に断る理由はない。


「青海さんも、いいよねっ?」


 優香は、邪気のない笑みを玲奈に向けた。


「………………」


 一方、玲奈は滅茶苦茶訝しんでいる表情で優香に視線を返す。


「……いいわよ、行きましょうか」


 けど、結局は了承を返した。


「そんじゃあ日程だけど、次の日曜でどう? ちょうど練習が休みなんだよね」


「構わないわ」


「俺も大丈夫」


「オッケー、けってーい!」


 と、優香は喜びを満面の笑みで表現する。


「いやぁ、楽しみだなぁ。ねぇ?」


 だけど、横目で玲奈を見る視線にはどこか含みが感じられて。


「……そうね」


 玲奈も、未だ警戒しているようだった。



   ◆   ◆   ◆



【紅林優香】


 ふっ……甘い。

 甘いね、青海さん。


 わざわざこっちの誘いに乗ってくるだなんて、甘々だよ!


 プールといえば、もちろん水着。


 そして水着といえば、アタシのフィールド……!

 ちょーっと大人げないかもしれないけど……当日は、『戦力差』を存分に利用させてもらうよ!



   ◆   ◆   ◆



 ……なんて、思っていた私だったけど。


 当日、一つの誤算が発生していた。


「おい、なんだあの子……レベル高ぇな……」


「今日、何かの撮影……?」


「すげぇ……ただただすげぇ……」


 アタシは、正直スタイルには自信があった。

 陸上をやってるおかげで、無駄なお肉なんてほとんどない。


 だけど不思議と胸だけは成長し続けてて、高校生の平均よりもだいぶ大きく育ってる。

 この辺りは、部活仲間にも羨ましがられてるところ。


 あんまり気分は良くないだろうけど、孝平以外の男の人からの視線が集まるのは我慢するつもりだった。

 孝平がアタシを見てくれるなら、それでいいって。


 だけど、実際のところは。


「……随分と、品のない視線が多いわね」


 プールサイドの注目を集めているのは、アタシじゃなくて青海さんだった。

 男の人だけじゃなくて、女の人も憧れるような視線を向けている。


 そして……悔しいけれど、アタシにもその気持ちはよくわかった。


 端的に言って……『美しすぎる』。

 アタシでさえ、見惚れてしまうくらいに。


 長い手足に、程よく引き締まった身体……神様が作ったって言われても信じてしまいそうな、そんな奇跡的なバランス。

 胸は大きい方じゃないし、露出だって多くない水着なのに……というかだからこそ、扇情的じゃなくてむしろ芸術的な美しさを作り出してるんだと思う。


 所作がまた綺麗というか洗練されてて、ただプールサイドを歩いてるだけなのにまるでここがファッションショーの会場か何かなのかと錯覚しちゃいそうになる。


 えっ、ていうか……なんか、急に恥ずかしくなってきたんだけど。

 アタシ、結構チャレンジ気味の胸を強調する感じの水着選んできちゃってて……なんかこう、青海さんの隣を歩いてるとアタシが色ボケした浅ましい女みたいじゃない……?


「おぉ……」


 合流した孝平の視線も、当然の如く青海さんの方に向けられていた。


 だけど、嫉妬の気持ちもあんまり湧かない。

 もう、これは仕方ないかなって。


 アタシの作戦負けだよ、青海さん……策士策に溺れたと笑うがいいよ……。


「お待たせ、孝平くん」


 孝平の前まで辿り着いた青海さんは、少し恥ずかしそうに身を捩る。


「どう……かしら? せっかくだから、新しい水着にしてみたのだけれど……」


「あっ、うん、その……凄くよく似合ってるよ。何ていうか……凄く、よく似合ってる」


 語彙力を失ってるらしい孝平。


 うんうん、気持ちはわかるよ。

 なんていうか、言葉に出来ないというか……言葉にしちゃいけないような神秘性みたいなのがあるもんね……。


「……ハッ!?」


 と、青海さんに見惚れてた孝平が慌てた様子でこっちを見た。


「優香も、よく似合ってるぞ。セクシーで、優香の健康的な魅力が凄く引き出されてると思う。流石、スタイルも抜群だな」


「あ、はは……ありがと……」


 せっかく褒めてくれてるのに、青海さんの後だと空虚に感じられて微苦笑しか浮かばない。

 ホント、アタシの完敗だよ……。


 ……だけど、負けを認めるのは初戦だけだからね。

 ここから、絶対持ち直してみせるんだから!


「それより孝平、色んな種類のプールがあって楽しそうだね! どこから行こっか!」


「あ、あぁ……沢山あって迷っちゃうな」


 腕を取って抱きつくと、孝平はちょっと動揺した様子を見せて……視線は、思わずって感じでアタシの胸元に向いている。


 よし……アタシの『武器』だって通じてるよ!

 今日はずっとこの距離感で接して、孝平を骨抜きにしてあげるんだから!



   ◆   ◆   ◆



 ……って、意気込んでたアタシだけど。


 ここでも、誤算が発生する。

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